《県防災ヘリ墜落事故3年》苦悩する遺族 県に不信感を拭えず
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黒岩家の墓を訪れた武男さん(右)と清子さん。渋峠の慰霊碑に千羽鶴をつるすことを博さんに報告した=7月30日、嬬恋村

 県防災ヘリコプター「はるな」が群馬県中之条町の山中に墜落し、搭乗していた9人全員が死亡した事故から10日で3年となる。慰霊碑の設置や、防災ヘリの後継となる新機体の運航に向けた準備が進む中、遺族が抱き続ける思い、県の安全対策を追った。

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 「ようやく子どもの魂がある現場近くで手を合わせられる」。亡くなった吾妻広域消防本部所属の黒岩博さん=当時(42)=の母、清子さん(71)=嬬恋村=は、墜落現場に近い渋峠に建立、8日から公開される慰霊碑への思いを口にした。

 事故で家族を失い、深い悲しみに包まれる遺族にとって、慰霊碑の設置場所を巡る県との対立などで不安や憤りを重ねた3年間でもあった。県は遺族に聞き取った結果、前橋市の県消防学校で設置計画を進めたとするが、遺族会は渋峠を希望していた。

■「独断と偏見」

 県消防学校と渋峠の2カ所に設置することで決着したのは3月、県議会一般質問での山本一太知事の答弁だった。博さんの父、武男さん(76)は「県は独断と偏見で消防学校で計画し、慰霊碑ができるまで3年もかかった。遺族がみんなでお願いしても県の職員が聞く耳を持ってくれず、誠意を感じられなかった」と憤る。

 なぜ事故になったのか。どうすれば県が遺族に向き合ってくれるのか。清子さんは博さんの遺骨が眠る墓に雨でも雪でも毎日欠かさず通い、語り掛けてきた。

 清子さんは2019年夏から思いを込めながら折り鶴を作り続け、4千羽となった。足腰の悪い武男さんも折り紙で千羽を作った。渋峠への慰霊碑建立が決まった後、千羽鶴をつるす場所を県に求めると応じてくれて、心が少し救われた。

■登山道整備を

 県警は昨年11月、業務上過失致死や航空危険行為処罰法違反などの容疑で、ヘリを操縦していた機長を容疑者死亡のまま書類送検したが5日、不起訴処分となった。県や運航を委託されていた東邦航空(東京都)も含め刑事責任はいずれも問われなかった。

 犠牲となった同消防本部の田村研さん=当時(47)=の父で、遺族会の会長を務める富司さん(80)=中之条町=は、県が実際とは異なる飛行計画を国に提出するなどずさんな運航管理があったことについて触れ、「責任の所在はどこにあるのか。県が責任を取らないのは納得できない」と語気を強める。不信感は拭えないままだ。
 渋峠への慰霊碑建立は実現したが、遺族会は県に対し、墜落現場までの登山道整備や墜落地点を示す標柱の設置を求め続けている。遺族とどう向き合うのか、県の姿勢が問われている。(まとめ 関坂典生)

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