《日航機事故36年》 亡き父に東京五輪報告 64年大会自転車出場の辻さん長男ら 「競技が広まれば喜ぶと思う」 昨年他界の母の写真も飾る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
自転車ロードレース選手として1964年の東京五輪に出場した辻昌憲さんの墓標に線香をあげる長男の俊多美さん(手前)と孫の一輝さん

 自転車ロードレース選手として1964年の東京五輪に出場した辻昌憲さん=当時(39)=は36年前の事故によって命を落とした。長男の俊多美(としたみ)さん(49)=東京都狛江市=と孫の一輝さん(13)は12日、昌憲さんの眠る墓標を訪れた。長年慰霊に訪れてきた昌憲さんの妻、美恵子さんは昨年9月に76歳で他界。俊多美さんは、美恵子さんの写真を飾り、2人で飲んでほしいとビール2缶を供えた。

 今年の東京五輪自転車競技でメダルを獲得するなど日本人選手の活躍ぶりを報告したという俊多美さん。「自転車競技は頑張ってるよと伝えた。自転車競技が少しでも広まれば父も喜ぶと思う」とほほ笑んだ。

 ロードレースチームの監督を務めるなど、昌憲さんは後進の指導にも力を入れていた。俊多美さんは幼い頃から試合に連れて行ってもらい、競技と向き合う姿を間近で見てきた。「父が生きていれば、日本の自転車競技に貢献できたかもしれない」と早すぎる死を惜しんだ。一輝さんは、自転車に情熱を注いだ祖父について「アジア大会で金メダルを取ったりしていてすごいと思う」と話した。

 俊多美さんは事故当時、中学1年生。当時は父が亡くなった実感があまりなかったと語る。その時の自分と同年代になった一輝さんに、保管している当時の資料などを使って昌憲さんや事故について伝えていく考えだ。(須永彪月)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事