焼失の社殿、再建へ 隈研吾さんが設計を内諾 有志、寄付募る意向 太田・高山神社
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視察に訪れた隈さん(左から3人目)と記念撮影する地元有志=5月下旬(鏡さん提供)
炎を上げて燃える高山神社=2014年12月30日午後8時20分ごろ、太田市本町

 江戸中期の思想家で、幕末の志士に大きな影響を与えた高山彦九郎(1747~93年)を祭る群馬県太田市の高山神社を再建しようと、地元有志らが動き始めている。本殿は7年前の放火事件で焼失したが、新国立競技場などを手掛けた世界的な建築家、隈研吾さん(67)に設計を依頼し、新たな社殿を設ける計画だ。既に本人の内諾を得ており、各方面に寄付を呼び掛けて実現を目指す。

 隈さんは5月下旬に同市を訪れ、神社関係者と一緒に跡地を視察した。上毛新聞の取材に、「もともと彦九郎についての知識はなかったが、地元の皆さんの話を聞いて熱意を感じ、協力できればと思った。里山を生かし、本殿へと上っていく階段は迫力がある。再建されれば太田の名所として盛り上がるのではないか」と話した。

 有志らは地元での再建の機運を高めるため、境内の清掃活動を始めた。時機を見て、1億5000万円を目標に寄付を呼び掛けたいとしている。(小泉浩一)

高山彦九郎 林子平、蒲生君平とともに優れた才能を発揮した「寛政の三奇人」として知られる。各地で尊皇思想を説き、吉田松陰や高杉晋作ら幕末の志士に大きな影響を与えた。1793(寛政5)年に久留米(現福岡県)で自刃。京都の三条大橋東詰めには京都御所に向かって望拝する彦九郎の銅像があり、「土下座像」と呼ばれて親しまれている。

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