前橋空襲の悲惨さ今に あすまで企画展
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前橋空襲の資料や当時の写真を紹介している企画展

 76年前、前橋を襲った米軍爆撃機「B29」はどこから飛来したのか―。こうした疑問を解明する資料を交えて、前橋空襲の悲惨さを伝える企画展が4日、前橋市住吉町の旧安田銀行担保倉庫で始まった。焼け野原となった市街地の写真のほか、4月に発掘されたビー玉やぐちゃぐちゃになったガラス瓶など空襲後の遺品も展示している。6日まで。

 資料によると、マリアナ諸島の一つ、テニアン島の飛行場を飛び立った米軍の爆撃機92機が、前橋空襲を実行した。目標地まで護衛艦はなく、直線距離約2400キロの道中で日本軍機からの攻撃を延べ14回受け、高射機関砲の攻撃も受けたとみられている。

 1945年8月5日の前橋空襲は、535人もの犠牲者を出した。当時7歳で被災し、現在は語り部としても活動する原田恒弘さん(83)は「平和とは与えてくれるものではなく、自分たちで守り、次世代に引き継いでいくもの。平和への努力の大切さ、戦争というものの恐ろしさを感じ取ってもらえれば」と話す。
(稲村勇輝)

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