《群馬のレトロまち宿3選》 鳥順(太田市)、一松屋旅館(渋川市)、碓日のお宿・東京屋(安中市)
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自慢の鳥肉料理は立田丼、親子丼、から揚げ、焼き鳥などがある
移転前の古い看板も、和紙人形などと一緒にロビーに飾っている松村さん
妙義山の山肌とEF63の勇姿が楽しめる客室

 駅前や街中で昔から営業を続ける旅館やホテル。従業員たちは家族的な雰囲気で宿泊客を温かく迎え、時代の波にもまれながらも、市街地の栄枯盛衰を見届けてきた。群馬県内に点在するどこか懐かしい“レトロ宿”を紹介する。

◎スバルと共に半世紀 鳥肉料理でもてなし 鳥順


 東武太田駅北口にほど近いSUBARU(スバル)群馬製作所の本工場から歩いて5分の場所にあるビジネス旅館で、歴史は同社と深いつながりがある。

 長島洋功(ようこう)さん(73)と妻の三津枝さん(70)が切り盛りする。開業は1969年。長島さんの父親が開いた食堂が始まり。鳥肉料理が名物で、昼食時や宴会では多くのスバル社員でにぎわった。

 80年代に入ると、改装して旅館業を始めた。富士重工業(当時)が東京・三鷹製作所の工場が手狭になり、工場新設を模索していた時期だった。トランス ミッション生産専用となる 大泉工場の建設が決まり、約1年の工期を経て、82年に完成。工場の建設や 機械の据え付けで、多くの作業員が泊まる場所が必要だった。市内にいくつものビジネス旅館ができた。

 「いつも宿泊の予約がいっぱいだった。『食堂の座敷でいいので泊まらせてくれ』なんて話もあった」と長島さん。同社以外にも生産能力増強を目指す製造業は多く、市内の工業団地への進出が相次いだ。ある会社の社員3人が大型機械の納品のため、1年滞在したこともあった。

 客室は畳敷きの和室で、6畳、8畳の各部屋のほか、大人数が泊まれる24畳部屋もある。一つの部屋に複数人が一緒に寝泊まりし、自分たちの着る服は大型洗濯機で洗って室内に干す。

 「料理は味も量も満足してもらいたい」。米を高温でおいしく炊けるガス釜を使っている。温かい料理を提供できるよう、三津枝さんが配膳の時間を調整している。

 2010年以降、全国展開のビジネスホテルが、太田駅南口に進出すると客を奪われた。「一人一部屋、バストイレ付き」が当たり前になり、かつて太田で相次いで開業したビジネス旅館の多くが姿を消した。

 今は高校のラグビー部や女子サッカー部が合宿で宿泊するほか、常連客によるビジネス利用もある。「新型コロナで厳しいが、『温かくてうまい食事はうわさ通り』と言ってもらえたら」。長島さんはそう話す。
(小泉浩一)

 【メモ】太田市東本町28-33。東武太田駅から徒歩4分。1泊2食付き6480円から。ランチ営業あり(午前11時~午後2時)。立田丼にみそ汁、サラダ、小鉢、コーヒーが付くAセットは600円。鳥順特製焼き鳥は2本300円。電話0276-25-1280

◎91年前に「商人宿」として創業 家庭的な雰囲気心掛け 一松屋旅館


 アルテナードやマロニエ通りなどが通る渋川市中心街から、少し奥まった住宅地に位置するビジネス旅館。1931年に創業した。現在の旅館は2000年の区画整理に伴い移転、新築したものだ。

 旅館長の松村孝子さん(79)を中心に、夫の光一さん(80)と息子夫婦の4人で切り盛りしている。91年前、少し離れた平沢川沿いに夫の祖母が開いた商人宿が始まりだった。当時はまだ自家用車が普及していない時代で、行商人や市内の店に注文を取りに来た商売人たちが多く利用した。島根県からボタンの苗を籠に入れたおばあさんが出稼ぎに訪れ、売り切るまで1~2カ月泊まることもあったという。

 その後は、モータリゼーションの広がりによって客層が変化した。現在は大同特殊鋼や関東電化といった周辺工場への出張で泊まるビジネスマンが中心となった。機械のメンテナンスや道路工事、地質調査などで長期間滞在する人たちに愛されている。夏季はサッカーやミニバスケットの大会のために泊まる小中学生も多い。

 常連も多く、1年後に「ただいま」と笑って訪れる客もいる。家庭的な雰囲気を重視しており、「仕事で疲れて帰ってくるから、家にいるようにリラックスしてほしい」と松村さん。脱サラして料理を学んだ息子が厨房(ちゅうぼう)に立ち、朝と夜の2回、家庭的な日替わりの和食を食堂に並べる。

 50年以上前に結婚し旅館経営に足を踏み入れた松村さんは、和紙人形作家としての顔も持つ。前橋市発祥の和紙人形「京美流和紙人形」を手掛け、フランスやポルトガルでの展示会に出品した経験もある。旅館業の合間の人形作りは気持ちの整理につながる。「誰にでも平らな気持ちで接することが大事。人形作りは笑顔で客を迎える方法の一つ」と説明する。

 中心街は様変わりした。大型店が増え、商店が減ったことを惜しむ一方で、「翌朝に客を気持ち良く送り出したい」と変わらない思いを語った。
(赤尾颯太)

 【メモ】 渋川市渋川1968-2。JR渋川駅から徒歩8分。1泊2食付きシングル6930円から。長期宿泊の割引もある。年中無休。和室8部屋。電話0279-22-0536

◎今も峠の鉄道とともに 列車運転士の宿として開業 東京屋
 

 JR信越線の横川駅から徒歩2分に位置し、本県と長野県を結ぶ碓氷峠を行き交う人々とともに歴史を刻んできた。4代目当主の竹馬君子さん(64)と夫の誠一さん(77)、娘の飯塚綾乃さん(46)の一家3人で明治期から続く宿を守っている。

 現在の東京都江東区木場で材木店を営んでいた初代当主の八重さんが1893(明治26)年、伯父から営業を引き継いだのが始まりで、出身地から屋号を「東京屋」とした。当初は列車の運転士の宿泊施設として営業を始めた。ダムやバイパス工事など公共工事が多かった戦後の高度成長期以降は、工事関係者らが年単位で長期滞在することもあった。

 「宿を休まなければならない時、お客さんが従業員の代わりに店番をしてくれたこともあった」と君子さん。家族同然の付き合いをした宿泊客も多く、当時を懐かしんで訪ねる人もいるという。

 旧JR信越線横川―軽井沢間が1997年に廃止されて峠周辺の環境が大きく変わった。ビジネス客中心から個人客の需要を呼び込むために建物を建て替えた。以前は大部屋を用意していたが、現在の新館は個室5部屋のみとし、碓氷峠越えをする登山客のほか、新緑や紅葉時期に訪れる観光客が増えた。

 5部屋中4部屋の窓から近くの碓氷峠鉄道文化むらで動態保存されている電気機関車EF63(通称ロクサン)が見えるため、鉄道ファンにも好評。妙義山の荒々しい山肌の下で汽笛を鳴らし、走る姿が間近に見える。ロクサンの運転体験をする人を中心にリピーターも増えた。

 長期滞在客やリピーターに満足してもらおうと、食事にも気を配る。誠一さんが腕を振るい、和洋折衷の手作り料理を提供している。地元や県内で採れた旬の農産物などを使った季節限定のおきりこみうどんなどの郷土料理も人気で、栗ご飯など季節感を大切にした料理を目当てにする宿泊客もいる。

 コロナ下で感染対策を徹底するため、現在は1日の受け入れを3部屋に限定している。厳しい状況が続くが、心の触れ合いを大切に一期一会の気持ちで旅人を迎えている。(田島孝朗)

 【メモ】安中市松井田町横川443-6。JR横川駅から徒歩2分。上信越道松井田妙義インターチェンジ(IC)から車で約5分。1泊2食付き1万450円から。碓氷峠鉄道文化むら入園券付き宿泊プラン(1万800円)も用意。オリジナルTシャツは2500円。電話027-395-2157

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