《爪痕 今も》台風19号から2年 「空振りでもいい」命守るため避難を 奮闘の先 見えた希望の光
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浸水した住宅から住民をボートで救出する消防署員=2019年10月13日午前7時40分ごろ、太田市牛沢町
「カスリーン台風も70年以上前。大半の人が初めての避難だった」。氾濫の危険があった利根川の方向を示し振り返る川田さん
苦境に負けず2人で宿を守り続ける佐藤さん夫婦

 藤岡、富岡両市で計4人が死亡するなど群馬県内に甚大な被害をもたらした台風19号(令和元年東日本台風)の最接近から、12日で2年となる。爪痕は今も残り、一部で復旧工事が続く。被災した人たちに取材し、次への備えを探った。

◎《避難》「空振り」でも行動を

 激しい雨がフロントガラスを打ち付け、ヘッドライトが照らす道はかすんでいた。2019年10月に群馬県を襲った台風19号。板倉町下五箇の川田香さん(71)は、近くの小学校へ家族と車で避難した。「冷静になろう、無事にたどり着こうと懸命だった」。ハンドルを握る手に力がこもった。

■水位急激に

 地元区長として町と住民との連絡調整に当たり、自宅を出たのは午後6時ごろ。利根川の水位は急激に上がり、町は12日夕に避難勧告、同日夜に避難指示を出した。氾濫は免れたものの、条件が少しでも異なれば甚大な被害が出ていた恐れがあった。

 川田さんは「災害はまた起こる。被害がない『空振り』になってもいいから、命を守るため避難することが大事だ」と振り返る。普段から地域で声を掛け合い、助け合う関係をつくることが重要と感じたという。

 台風19号では県内31市町村の約68万2500人に避難勧告・指示が出た。このうち、避難所に移った人は約3万6000人。対象者の5%程度だった。多くの県民が命を守る判断を迫られ、迷いながら自宅で過ごした人も多かった。

 「気付いたら家の周りに水が来ていた」。太田市牛沢町の自営業女性(48)は振り返った。スマートフォンには、警報や避難情報が届いていた。避難を呼び掛ける車両が自宅前を通った記憶もある。ただ、「今までも無事だった。山も海もない平地。今回も大丈夫だろう」と考えた。

 近くの石田川周辺で浸水が発生し、危険が迫っているのを把握したのは午後9時すぎ。水量はみるみる増え、自宅は床上50センチまで浸水した。女性は母親(79)と長男(19)と2階に逃れて無事だった。「次は避難したい…と思うけど、母は今も、『家が安全』と言う。どうなるかは、起きてみないと分からない」

■指示一本化

 国は今年5月、避難や防災情報の伝え方を変更。住民が取るべき行動について、従来の避難勧告をなくし、避難指示に一本化した。警戒レベル3は高齢者らの避難を、レベル4では危険な場所からの全員の避難を呼び掛ける。

 同市は台風19号の教訓を踏まえ、水害時の避難所マップを3月に全戸配布。避難しやすいよう、開設も早めるようにした。避難情報の発信に無料通信アプリ「LINE(ライン)」を活用するなど、伝える手段も増やす。市災害対策課は「命を守ってもらうためどんな工夫ができるか、これからも継続して取り組みたい」。避難に関する情報をどう伝え、住民にいかに適切に行動してもらうか。自治体側も模索を続けている。

◎《生活》奮闘の先に光

 群馬県安中市松井田町坂本にある霧積温泉の一軒宿、金湯館は、宿へ通じる唯一の一般道(県道北軽井沢松井田線)の路肩が崩落し、一時孤立状態になった。2020年2月の県道復旧後に通常営業を始めてからは、新型コロナウイルス感染拡大で、さらなる打撃を受けた。4代目の佐藤淳さん(50)は逆境の中、女将の知美さん(50)と二人三脚で奮闘を続けている。

■大きな不安

 孤立状態になったことで、秋の行楽シーズンと年末年始の予約はキャンセルに。書き入れ時の収入がなくなるため、大きな不安に襲われた。徒歩ではあるが、山道を使って宿泊客が受け入れられるようになると、少し希望が見えた。

 長時間かかる迂回(うかい)路を利用して物資を搬入する苦しい状況が続いたが、親族の応援もあり、何とか乗り切った。当初、20年3月下旬までかかるとされた県道の復旧も急ピッチで進み、2カ月ほど前倒しで通行止めが解除された。知美さんは「関係者に感謝したい。苦しい時も何とかなるものだと学んだ」と振り返る。

 多くの文人らが愛した宿の苦境を知り、山道を使ってまで来た宿泊客は、コロナ下でも再訪してくれている。淳さんは「苦しい状況だが、生まれ育った宿を残していきたい」と前を向いた。

■復旧道半ば

 上野村は村道42、林道17の計59カ所で崩落や路肩が決壊するなど被災した。復旧事業費は12億3000万円が見込まれ、大部分は国の補助で賄われるとはいえ、村の負担は大きい。被災箇所が広範囲に及んだこと、積雪の影響で工事が滞ったことなども復興の行く手を阻んだ。生活道路の復旧を優先的に進めてきたが、現在も村道10、林道7の計17カ所で工事が始まっていない。村振興課は「一日も早い復旧に努めたい」とし、来年度中の工事完了を目指している。

 林道などの被災は、上野村森林組合にも打撃を与えた。木材の伐採や搬出のために移動する際、従来の倍の時間がかかる迂回ルートの選択を余儀なくされたり、作業を見送る現場もあったりした。

 同組合業務課の飯野実さん(57)によると、昨年度の木材搬出量は例年の8割ほど。そんな厳しい状況下で、他の森林組合からの木材購入量を増やして製材の工場稼働率を維持するなどし、従業員の雇用を確保しようと奔走してきた。

 飯野さんは「通行できるようになった道も増えてきた」と村の復旧に向けた対応に感謝する。ただ、大型トラックの通行が制限されるケースがあるなど道半ばだ。「少しずつでも復旧が進んで若者らが安心して働けるようになり、地域の活性化につながってほしい」と力を込めた。

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