古墳から埴輪棺見つかる 群馬・藤岡市の本郷塚原A遺跡
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出土した埴輪棺(藤岡市教委提供)
上空から見た前方後円墳。中央付近から埴輪棺が出土した(藤岡市教委提供)

 群馬県藤岡市教委文化財保護課が発掘を行った「本郷塚原A遺跡」(同市本郷)で、古墳時代に埴輪(はにわ)を焼いた窯跡とされる国指定史跡「本郷埴輪窯跡」に隣接する前方後円墳から、埴輪を使った棺「埴輪棺はにわかん」が見つかったことが3日、分かった。埴輪棺は埴輪を作る工人集団がいた地域で出土する例が多く、市教委は「この前方後円墳が埴輪工人の墓だった証拠の一つになり得る。窯跡との関連をうかがう手掛かりになる」としている。

◎窯跡と関連 工人の墓か?


 本郷塚原A遺跡には本郷埴輪窯跡と前方後円墳1基、円墳3基がある。これまでの調査では、窯跡と4基の古墳との関連は明らかになっていない。

 市教委によると、埴輪棺は縦約50センチ、横約20センチで、前方後円墳の下から今年2月に出土した。小型のため、子ども用の棺か、1度葬った遺体を再び埋葬したものと考えられるという。前方後円墳に葬られた有力者ではなく、その近親者の可能性がある。人骨などは見つからなかった。

 本郷塚原A遺跡から約300メートル南には、日本書紀の中に死者を弔うために埴輪を作ったとの記述がある「野見宿禰(のみのすくね)」を祭る土師神社があり、窯跡もあるため、この地域が埴輪生産の拠点になっていたとされている。

 市教委は今後、埴輪棺と前方後円墳を詳しく分析して、地域一帯の埴輪の工人集団の集落などについても調べる。

 県立歴史博物館の右島和夫館長は「埴輪棺の発見が、窯跡と埴輪を作っていた集団との関連を裏付ける重要な手がかりになる」と話している。

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