《プレゼンター》敬意込め豆と対話 コーヒー焙煎士 岩野響さん   
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 

 発達障害の一つ、アスペルガー症候群と付き合いながら、自分で焙煎したコーヒー豆を販売している。優れた味覚と嗅覚で焙煎された豆と、既存のレールに縛られず、自分にしかできない仕事を作り出した生き方は多くの人に支持され、海外でも活躍の場を広げようとしている。

◎自分に合う仕事つくる
 僕はほぼ毎日、自宅近くの群馬県桐生市街地を見渡せる水道山中腹の焙煎所「LABO」で10時間くらい焙煎している。以前はこの場所で豆の販売もしていた。

 *隣には染色職人の父、開人さん(40)と服飾デザイナーの母、久美子さん(38)が綿や麻を使った自作の服を販売する「リップル洋品店」がある。

 1回の焙煎は約45分。計7キロの豆が焼ける3台の焙煎機で、1日に70キロほど豆を作る。ベースの味は手回しの焙煎機で決める。コロンビアやグアテマラの豆を主に使い、「季節の移ろい」「始まり」など僕の気持ちに沿ったテーマを決めて、月替わりのブレンドを作っている。
 
 僕は喫茶店の味に近い「深くて甘い、穏やかなコーヒー」が好きだ。コーヒーは焙煎で8割味が決まると思う。豆と対話し、敬意を込めて焙煎している。豆の個性と僕の表現、お客さんの好きな味が混じり合う一点を追求したい。過去の自分を超えたいと、現在は焙煎時間ごとの温度を測らず、自分の感覚と経験だけで豆と向き合っている。

 自然や美術に触れ、さまざまな人に会って視野を広げるのも大切にしている。
 コーヒーは、社会とつながるフィルターだ。お客さんがコーヒーを「おいしい」と求めてくれるのが何よりの喜びで、自信を持って生きられる原動力だ。

 そんなコーヒーとは、悩み苦しんだ末に出会った。僕は空間認知が弱く、黒板の文字がにじんだように見えたり、運動が苦手だったりする。一つのルールに従って生きる世界では、できないことばかりだったのだ。

◎コーヒーで世界と縁を
 小さい頃からよく怒られた。保育園では顔と名前が覚えられずに友達を泣かせてしまった。「努力せず、みんなについていけない子」と周りに言われていると思ったけれど、どうしたらいいか分からなかった。

 *アスペルガー症候群と診断されたのは小学3年生。クラスになじめずにパニックを起こし、床に寝そべっていたのを見た先生が、母に医師の受診を勧めた。

 小学5、6年の担任の先生が、僕の絵や床掃除を褒めてくれた。人は褒められると自信を持ち、新たな挑戦ができるとこの時を振り返って思う。

 中学では勉強が難しくなり、校則が増えた。右のものを左に書き写すのも難しい僕は、時間をかけても日々の宿題ができなかった。部活動もうまくいかない。何をしても一番下で居場所がなかった。この時両親から障害のことを告げられたが受け入れられなかった。

 中学1年の秋、父が「1日でもいいから休んだら」と言ってくれて、気が楽になった。数日して、学校に全く行かなくなった。

 家事を手伝うようになった僕は、カレー作りに熱中した。隠し味にインスタントコーヒーを入れたらおいしかった。それが僕の運命を変えた。

 中学2年の春、両親の仕事関係の人から手回しの焙煎(ばいせん)機をもらった。好きなことにとことん熱中する僕はほぼ毎日焙煎し、豆の状態を見続けた。本を読み、コーヒー店で焙煎のこつも教えてもらい、味の変化の面白さに魅了された。

◎自信が新たな挑戦の糧
 両親は桐生のさまざまな自営業の人と会わせてくれた。農家、彫金作家、織物業者…。たくさんの生き方があると知り、自分で仕事をつくろうかなと考えた。

 「コーヒーを仕事にしたい」と思ったが、踏み出せなかった僕を「響のコーヒーおいしいから、お店やろうよ!」と母が後押ししてくれた。父と自宅近くの茶室を改装し、店を造った。

 *母の後押しから3日後の2017年4月、「HORIZON LABO(ホライズン・ラボ)」が開業した。

 「HORIZON」は、家族とタイ・プーケットの海を見て、自分のペースで穏やかな水平線へこぎ出すように生きたい、「LABO」は、僕が社会とつながる研究所としてさまざまな発信をしたいという思いを込めた。キャッチコピーは「ぼくができることから ぼくにしかできないことへ」。毎月1~7日の営業とした。

 障害を売りにした店と思われるのが嫌で、障害は公表しなかった。多くのお客さんが来てくれてパニックを起こし、そっぽを向いたり、お釣りを投げてしまった僕に両親が悩んでいた頃、新聞社の取材が来た。メディアに障害を公表したらどう伝わるか怖かったが家族で話し合い、最後は自分で公表を決めた。

 記事でお客さんが全国から殺到。寝る間を惜しんで焙煎しても豆は売り切れ、買えずに帰るお客さんに、頭を下げ続けた。両親の仕事関係の人と縁がつながり、店を閉鎖して秋に通信販売に切り替えた。

 障害を公表し、そのままの自分で世間とつながれて楽になった。悩み苦しみながら自分で仕事をつくったので、今は自分が障害者という意識はあまりない。苦手だった事務作業やメールの返信も苦にならない。

 *2冊の本「15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ」(KADOKAWA刊)、「コーヒーはぼくの杖(つえ)~発達障害の少年が家族と見つけた大切なもの」(三才ブックス刊)も出版した。

 2月にはモナコでコーヒーの試飲会を開くことができた。心を込めた一杯を「繊細で奥深い」「初めての味」と褒めてもらえて感激した。秋には香港のイベントにも出させていただく。
 
◎「好き」にとことん熱中
 僕は今後、世界で豆を売りたい。家庭や喫茶店でコーヒー片手に話し、忙しい朝も落ち着けるような「コーヒーのある暮らし」の豊かさを伝え、いろいろな人との縁を築きたい。

 僕は自然と街の距離が近い桐生が好きで、「LABO」で焙煎している時が一番落ち着く。これからも各地を飛び回って感じた刺激を桐生で昇華し、国内外に僕の思いを発信したい。

 いわの・ひびき  2002年、桐生市生まれ。発達障害と向き合い、自家焙煎したコーヒー豆を販売。コーヒーや発達障害のお話会も行い、海外にも活動を広げる。同市在住。16歳

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事