《闘論》高齢者の免許返納 事故起こす前に自ら/車依存合った支援を
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「事故を起こす前に免許を返すことが大事だ」と強調する飯野達男さん
「地域のニーズに合った支援の形を模索するべきだ」と話す小熊仁さん

 ブレーキとアクセルの踏み間違いなどによる高齢者の交通事故が全国で相次ぐ中、身体機能の低下などを理由に運転免許証を自主的に返納できる制度への関心が高まっている。1998年の制度開始以降、群馬県内の免許返納者は右肩上がりで、近年は2015年が3281人、16年4436人、17年5867人と、前年比1000人増を上回るペースで増えている。例年、65歳以上の高齢者が95%を占めており、高齢者やその家族を中心に自主返納の意識が広がっている。

 交通事故の危険性回避か、利便性の維持か。高齢人口が拡大する中、今後さらに大きな課題となりそうだ。

《賛成》送迎の足 共助の精神を…運転免許証自主返納アドバイザー 飯野達男さん

 自主返納のモデル地区にある老人クラブ「蒼海おうみクラブ」の前会長で、昨年11月に免許を返納した飯野達男さん(87)は「けがの影響で足が思うように動かせないときもある。事故を起こす前に免許を返すことが大事だ」と強調する。

―高齢者の運転免許証自主返納モデル地区の老人クラブ「蒼海クラブ」の会長として今春まで活動した。
 活動の一環として、高齢者の交通安全啓発などに取り組んできた。事故や交通違反の防止について話し合う中で、免許返納の話が出てきた。会員の中には車に乗って仕事をしている人もいたが、数人が免許を返納する決意を固め、大きな動きになっていった。

―自身も運転免許の自主返納アドバイザーを務める。
 80代に入り、昔のけがの影響で足が思うように動かせないときもあった。運転していて、踏切で停止できなかったらどうしようと考えることもあった。身体的には年々、思い通りにならなくなる。事故を起こす前に免許を返納することが大事だ。老人会の会長という立場もあり、人の模範になる行動を心掛けた部分もある。

―家族の反応は。
 20代の孫から免許返納を勧められたことも大きい。万が一、事故を起こした場合、仮に物にぶつかったのであれば弁償などで済むが、人を傷つけてしまうこともある。そうすると家族にも迷惑が掛かる。家族が「なんとか助けるよ」と免許返納を応援してくれたことも、背中を押してくれた。

―免許を返納し、生活に変化があったか。
 アドバイザーとしての覚悟もあったため、生活が大きく変わった印象はない。妻は運転免許がないため、買い物や病院に連れて行けなくなったが、長男らが前橋や伊勢崎に住んでおり、仕事帰りなどの空いた時間に助けてもらっている。実際、これまでとは異なり不便な面もあるが、日中などに出かける際は近くに住む人に頼んで、乗り合わせてもらっている。

―公共交通機関の利用は。
 免許返納者らに対する前橋市の支援制度を活用し、タクシーを利用する機会はある。向かうときは良いが、帰りは待ち時間がかかるときがある。近くに住む人を頼った方が早いときもある。

―高齢者の間で自主返納の意識は広がっているか。
 身近な場所で交通事故が起こると話題になることが多い。今年1月、前橋市北代田町で高齢者の運転する車が女子高校生2人をはねて死傷させた事故の直後は返納を考えた人もいると思う。夫婦でそれぞれ運転免許を持っている場合は、どちらかが返納することも可能ではないか。

―免許返納の動きは進むだろうか。
 車は必要があって乗っているもの。無理に返納はさせられない。ただ、近所の人に気軽に送迎などを頼める環境をつくり、助け合えることが 大事。タクシーやバスを待つには若干の不便がある。自由に出掛けられなくはなるが、我慢と共助の精神で、できることを考えていくのが重要だ。

 いいの・たつお 1930年生まれ。高崎市出身。高崎高卒。大学卒業後、群馬銀行に30年以上にわたり勤務する。前橋市元総社地区の老人クラブ「蒼海クラブ」の前会長。前橋市在住

《慎重》車と同等の利便性 必要…高崎経済大准教授 小熊仁さん

 一方、交通政策などを研究する高崎経済大地域政策学部の小熊仁准教授(39)は群馬県では車依存社会が長く続いてきたと指摘した上で「返納ありきではなく、地域のニーズに合った支援の形を模索するべきだ」と訴える。

―県内で高齢者の運転免許返納が難しいと考える理由は何か。
 車依存社会が理由の一つと言える。都道府県別の1世帯当たりの自家用車保有台数(2015年度)で、群馬県は福井の1.75台などに続いて、第4位の1.65台。1人1台、車を持っている状態で完全な車依存社会だ。

―車依存社会の影響は。
 県内の都市形成が車に合わせたものになっている。前橋―高崎間や前橋―伊勢崎間など、人口集中地域は市街地に限らず、幹線道路沿いに広がっている。車に合わせた都市がつくられると、車がないと生活できない状況になってしまう。

―公共交通機関を使うこともできる。
 県内の乗り合いバスの利用者はピーク時の1億4757万人(1965年度)から50年間で989万人(2015年度)まで減少しており、利用しにくくなっている。全国に先駆け、1980年代に市単位で路線バスが全廃されるなど、早くから車依存社会が形成されてきた。車依存を続けてきた人が現在、60~70代になり、免許返納を考えても難しいのではないか。

―免許返納は不要か。
 危険運転を回避するために、免許を返納したほうが良いとの意見もある。交通事故の第1当事者に占める違反件数をみると、若年層は最高速度違反や過労運転が多いが、高齢者は信号無視や逆走などの通行区分違反といった件数が多くなっている。加齢に伴う視力や反射神経の低下が関連しているとみられる。年齢が高くなるにつれ、自身の運転技術を過信する割合が増えていくことも指摘される。基礎能力が低下していく中で、このような状態が続くようであれば、免許返納を推進した方が良いとも言える。

―免許返納の影響は。
 これまで利用が限られた公共交通で移動するようになり、公共交通自体の活性化が期待される。免許を返納した人同士がバスの中で顔見知りになり、そこにコミュニティーが形成される。市街地に人が集まり、まちの活性化につながったりする。ただ、今まで車で自由にできた買い物や通院などが難しくなり、バスなどの時間に合わせる必要が出てくる。利便性はもちろん、生活の質の低下にも耐える必要がある。一方、外出を控えるようになれば、自宅に引きこもってしまう可能性もある。

―返納を可能にする効果的な政策はあるか。
 車での移動が染みついているため、車と同等の利便性を持ったタクシーに近いサービスの提供が必要になる。既存の公共交通に対する支援ありきではなく、地域に合った支援を模索してほしい。訪問医療や移動販売を充実させることも方法の一つ。長期的な視野でみれば、これまでの郊外型の都市形成から、市街地型に変えていくことも一つの手段かもしれない。

 おぐま・ひとし 1978年生まれ。福島県会津若松市出身。中央大卒、同大大学院経済学研究科博士課程修了。金沢大助教を経て、2017年4月から現職。さいたま市在住

 【運転免許の自主返納制度】1998年の道交法改正により、身体機能の低下などで運転しなくなった人が自身の意思で免許証を返納できるようにした。運転に不安を感じる高齢者らの自主返納を支援するため、各自治体はタクシー券を配るなどし、返納後の移動手段の確保に努めている。

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