花街老舗 建物消える 高崎・すき焼き「信田」

 群馬県内有数の花街として知られた高崎市柳川町で、営業終了後も姿をとどめていたすき焼きの老舗料亭「信田(のぶた)」の2階建て店舗が27日までに解体、撤去された。明治に創業し、戦時中は将校たちが通い、美食を味わえる社交場として親しまれたが、2010年末を最後に営業をやめていた。建物跡は現在、更地となり、店を知る人からは惜しむ声が上がっている。

◎明治創業「路地の雰囲気失う」

 高崎商工会議所の資料や店関係者によると、信田は明治20年代の創業とされる。西洋料理や牛肉などを販売していたが、すき焼きの店として知られるようになった。市内の小島鉄工所に特注した分厚い真ちゅう製の鍋と炭火を使い、県産の牛肉や野菜を秘伝のたれで煮込んだ味は高崎歩兵第十五連隊がひいきにしたため、鍋は戦時中の金属供出を逃れたとの逸話が残る。

 大部屋で宴会ができ、戦後も芸者が出入りしてにぎわったが、建物の老朽化や柳川町を取り巻く環境の変化、景気などが影響。切り盛りしていた4代目の信田ムツ子さん(95)のけがを機に閉店状態となった。長男の定克さん(63)は「建物が傷み、これ以上投資しても回収は難しいと考えた」とし、別の地権者とも協議して4月に不動産業者に売却した。

 周辺は細い路地があり、昔ながらの情緒あふれる飲食店が残る。近くで居酒屋を営む飯塚幸裕さん(62)は「信田の建物がなくなり、路地の雰囲気が失われるのは寂しい」と残念がる。

 およそ100年の歴史を刻んだ建物はしっくい塗りの外壁に、数寄屋造りの技法が用いられた。蔵や庭園があり景観も優れているとして、市が保存の可能性を含めて20年近く前に調査したが、実現しなかった。

 跡地の活用を、不動産業者は「検討中」とした。今後の周辺のまちづくりについて、富岡賢治高崎市長は「高崎駅周辺から柳川町方面に人が流れ込むような街づくりをしていきたい」と話している。

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