《ニュース最前線》AEDで命救え 緊急時は迷わず使用を
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「群馬PUSH」の講習で胸骨圧迫やAEDの使い方を学ぶ児童=5日、伊勢崎赤堀東小
AEDで命を救われた田村さん。「そばにいてくれた人のおかげ」と感謝する=4日、伊勢崎市内
夏の高校野球群馬大会を開催中の上毛新聞敷島球場に設置されているAED=12日

 医療関係者以外の市民による自動体外式除細動器(AED)の使用が解禁され、15年目を迎える。専門家によると、病院や消防以外の国内設置台数は60万台を超えているが、なかなか稼働率が上がらない現状がある。効果的な啓発が課題だ。

 総務省消防庁の最新の統計によると、2016年に心臓の異常で心肺停止状態となった人の救急搬送は全国で7万5109件。うち2万5569件は市民が居合わせたが、AEDによる電気ショックが施されたのは1204件と、5%にも満たなかった。

 日本AED財団(東京都)によると、「心臓突然死」で亡くなる人は年間約7万人に上る。発症直後に市民が胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行い、AEDを使えば救命率は約6倍になるといい、近くにいる人の対応が生死を分ける。群馬県内で普及に携わる関係者も「もしもの時に一歩を踏み出す勇気を持って」と呼び掛け続ける。

◎心停止に高い効果 教育現場で講習重ねる

 ちょうど1年前、伊勢崎市小泉町の会社員、田村孝志さん(35)はALSOKぐんま武道館(前橋市)にいた。昨年7月に開かれた柔道の国体県選手選考会。数年ぶりに選手として無差別級に出場していた。

 初戦が始まり、1分が過ぎたころだった。相手に内股で投げられた。押さえ込まれる前に場外へ逃げよう―。そう思ったところで、意識は途切れた。

 目を覚ますと大勢に囲まれていた。しきりに声を掛けられているのは分かったが、何が起きたのか分からなかった。ただ、なぜか「胸の辺りがむちゃくちゃ痛かった」。

 居合わせた女性が自動体外式除細動器(AED)を使い、止まりかけた心臓を動かしてくれたと聞いたのは救急車の中だった。胸の痛みは懸命の胸骨圧迫(心臓マッサージ)があったから。「あの時そばにいてくれた人たちのおかげで今、生きていられる」。病室に駆け付けた母の泣き顔と痛みを思いだすたび、感謝の気持ちをかみしめる。

■バイスタンダー
 ある日突然、心臓が止まり、健康だった人の命が失われる。日本AED財団(東京都)などはこうした死を「心臓突然死」と呼び、持病の有無や年齢に関係なく、誰にでも起こり得ることと周知している。

 心臓突然死を救う鍵となるのが、現場に居合わせる人「バイスタンダー」だ。総務省消防庁の統計によると、2016年に胸に強い衝撃を受けたり、心臓の血管が詰まったりして心肺機能が停止した救急搬送者のうち、バイスタンダーが倒れる瞬間を目撃してAEDで電気ショックを施した場合の生存率は50%を超えた。

 多くの人の命を救う可能性があるAED。全国各地で設置が進む一方で、使用頻度の少なさが課題となっている。

■公共施設100%超
 県内では昨年度、県と30市町村で公共施設のAED設置率が100%を超えた。前橋市は市内全てのコンビニエンスストアに設置されている。だが、16年に県内で目撃された449件の心停止事案のうち、一般市民が電気ショックを施したのは56件にとどまる。どこにあるか分からなかったり、近くにあっても使用をためらったりするケースがあるとみられる。

 群馬大出身の医師で、京都大環境安全保健機構の石見拓教授(46)は日本を「世界有数のAED大国」と評価した上で、「必要とする人の元に、十分に行き届いていない」と指摘。救急の現場にいち早くAEDを運び届ける仕組みづくりの必要性を訴える。

 京都大が愛知県尾張旭市と取り組む実証実験では、消防と連携してスマートフォンアプリの試験運用を始めた。心肺停止の疑いがある通報を受けると、登録したボランティアのスマホに近くのAEDと現場までのルートが通知されるシステムで、うまくいけば救命率の大幅な向上につながると期待されている。

■教育現場でも
 石見教授は「バイスタンダー教育」にも力を入れる。設立に携わったNPO法人、大阪ライフサポート協会(大阪市)は08年に「PUSHプロジェクト」を立ち上げ、各地の協力団体と胸骨圧迫やAEDの使い方、その意義を伝える講習会の普及に取り組んでいる。

 将来の担い手育成を考え、特に教育現場での開催を意識する。本県では前橋赤十字病院に事務局を置く「群馬PUSH」が実動部隊だ。本年度は伊勢崎市教委の協力で新たに市内の公立小学校全23校で講習会を開くことになった。

 今月5日は伊勢崎赤堀東小の5、6年生134人が受講。練習用のキットを使って、一人一人が胸骨圧迫の仕方や機器の使い方を学んだ。吉田晴南さん(12)は「胸骨圧迫やAEDで命が助かる人がいることを、ずっと覚えていたい」と真剣な表情で話した。

 群馬PUSHのメンバーで、講師を務めた前橋市消防局の金子勤さん(30)は「完璧でなく、60点の対応ができればいい。だから勇気を出して行動してほしい」と強調する。

「最初の10分が勝負」前橋赤十字病院・庭前野菊医師に聞く

 群馬PUSHの代表で、前橋赤十字病院心臓血管内科部長の庭前野菊医師(48)に心臓突然死について聞いた。

 心臓には「洞結節」と呼ばれる発電所のような部位がある。通常はここから発せられる電気で心臓が動くが、何らかの原因で心室のあちこちから電気が生じてしまうことがある。「心室細動」、いわば心臓のけいれんだ。

 原因はさまざま。食生活の欧米化により心臓に血流を送る血管の内側にコレストロールなどが取り込まれて詰まったり、野球やサッカーのボールが胸に強く当たったりした時などに発症する。40、50代の働き盛りの方にも多く見られるようになった。

 この状況が放置されると、間もなく心停止に至る。処置が1分遅れるごとに救命率は10%下がるとされ、応急手当ては最初の10分間が勝負になる。

 PUSHプロジェクトの「プッシュ」には三つの意味がある。一つ目が胸骨圧迫、二つ目がAEDのボタンを押す、そして三つ目が「あなたの背中を押す」。医療従事者の力だけでは足りない。皆さんの力で助かる命がある。

《記者の視点》常に当事者意識を

 サッカーの元日本代表、松田直樹さんが亡くなったのは2011年8月のことだ。練習中に発症した急性心筋梗塞が原因で、AEDが近くにあれば助かった可能性もあったとされる。当時まだ34歳。前橋育英高の後輩に当たる記者は今年、その年齢になる。

 年々死ぬのが怖くなる。結婚して、家庭を持ち、家族が増えた。「もし今、自分がいなくなったら?」。考えると何人かの顔が浮かび、胸が騒ぐ。きっと松田さんにも大切な人がいて、やり残したことがあった。

 心臓突然死は現場に居合わせる「バイスタンダー」の手で防ぐことができる。胸骨圧迫の手順やAEDの使用法を学んでおくことはもちろんだが、普段から当事者意識を持っていたい。まずは会社や学校、よく利用する施設で、AEDがどこに設置されているか把握しておくことが必要だ。誰かを救うために手を取り合うことが、いつか自分を救うかもしれない。(前橋支局 椛沢基史)

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