渋川の元旅館「藤屋」 大学教授が調査
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「藤屋」の漆喰塗り看板や構造を学生に説明する三原教授(左から3人目)

 明治初期に建築された群馬県渋川市赤城町棚下の元旅館「藤屋」の保存活動を支援しようと、ものつくり大技能工芸学部の三原斉教授らが22日、現地で建物を調査した。教授らは渋川市教委が保存を決めている漆喰しっくい塗り看板の状況を確認したほか、建物を実測。データを基に今後、正確な図面を作る。

 古民家の調査などを手掛けている三原教授は、学生とともに「藤屋」の外観や内部、雨戸の戸袋を兼ねて設置されている漆喰塗り看板などを観察した後、柱やはりの位置、高さなどを測った。

 三原教授は「破損が激しく、建物の修復は難しい。ただ、昔からの日本家屋の建て方をよく表しており、復元することを考えてもいい。そのためにはしっかりとした図面を残しておくべきで、そのお手伝いをしたい」と話した。

 棚下地区には、かつて高崎と長岡を結ぶ「清水越新道」が通り、複数の旅館や運送業者が営業していた。藤屋はこうした旅館の一つで、皇族の北白川宮能久よしひさ親王や西郷隆盛の弟で政府高官だった西郷従道つぐみちらが休憩したこともある。老朽化が目立っているが、所有者の次男、茂木義弘さんは「地域の歴史を伝える建物」として保存を訴えている。

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