不戦の誓い新た 前橋空襲73年で世代を超えて慰霊の祈り
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一斉慰霊で太陽の鐘を突く参列者=前橋市千代田町

 終戦直前に530人余りの犠牲者が出た前橋空襲から73年となった5日、前橋市の中心市街地で慰霊行事が行われた。今春に広瀬川沿いに移設された芸術家、故岡本太郎氏の作品「太陽の鐘」など計10カ所の鐘や太鼓が慰霊のために一斉に鳴らされ、市民らが不戦と平和を誓った。

 午後4時50分、太陽の鐘や寺院、キリスト教会から慰霊の音が響き渡った。一斉慰霊に初めて加えられた太陽の鐘には、幼児から空襲を経験したお年寄りまで幅広い世代の市民ら約50人が訪れた。市職員から当時の被害状況の解説を受け、撞木しゅもくで鐘を突いた。参列者は「慰霊に参加して初めて前橋空襲を知った」「小さい子どもにも分かるように伝えていきたい」などと話していた。

 広瀬川に架かる比刀根橋近くの慰霊碑では、地元の住吉町2丁目自治会(柿沼孝会長)による追悼慰霊祭が行われ、参列者約80人が手を合わせた。近くの敷島小に通う児童7人が不戦の誓いを述べ、長崎弘汰君(11)は「戦争は絶対にいけない。平和を守っていく」と決意を新たにした。

 同自治会が運営するあたご歴史資料館の学芸員、原田恒弘さん(80)は参列者に被害体験を語った。「橋の近くの防空ごうに逃げ込めず川に飛び込んだり、火の熱さでのどをかきながら絶命した人もいた」と恐怖の夜を振り返った。

 初めて参列した八重山平和祈念館(沖縄県)の元学芸員、綿貫円さん(29)=高崎市飯塚町=は「何があったかを知り、伝え残すことが慰霊になる。後世に残すべき話はまだ埋もれているはず」と話した。

 終戦翌年から平和祈願祭を続ける熊野神社(前橋市千代田町)は境内に市街地の8割が焼けた被害状況や爆撃機の進入経路を示した地図を掲示した。夕方から紙灯籠が点火され、空襲が始まった午後10時半ごろから祝詞のりとが読み上げられた。

 前橋文学館(同)は戦争を題材にした朗読劇「イエスタデイ」を上演した。出演した同市出身の女優、手島実優さん(20)は「戦争を知らない私たちの世代も戦争の悲惨さを知る機会にしてほしい」と話した。

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