続く体罰 「勝利」もがく指導者 強くなった経験や愛情が誘発?
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高校球児が甲子園を目指して出場する夏の県大会。勝利への情熱が時として、暴力や暴言を含む厳しい指導につながることがあると指摘される(写真と本文は関係ありません)

 群馬県内の高校部活動で暴力や暴言が相次いで発覚している。なぜ体罰、パワーハラスメントはなくならないのか。背景に何があるのか。

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 高校野球の秋季県大会開幕を翌日に控えた8月31日、関係者に衝撃が走った。桐生第一高・福田治男野球部監督の解任。同部を創立から率い、県勢で初めて夏の甲子園を制覇した名将だ。他校指導者やプロ野球で活躍する教え子らは突然の退場を惜しんだ。

 近年の成績不振が解任の主な理由とされるが、部長とコーチによる暴力や暴言とされる言動が明るみに出たばかり。同部の男性保護者は解任を残念と感じつつも「暴力問題の監督責任を問われるのは仕方ない」との考えだ。

 ただ別の男性保護者は「部員と指導者の間に信頼関係があれば、けがをしない程度に手を出したり、厳しい言葉を浴びせたりするのはやむを得ない」と話す。同部OBの男性も「体罰などに過剰に反応すると、指導者がいわれのないことで処分されかねない」と立場をおもんぱかる。

■容認する風潮
 大阪市立高バスケットボール部の男子生徒が体罰を受け自殺した問題を受け、文部科学省が2013年に策定したガイドラインは「勝つことのみを重視し過重な練習を強いる」ことを禁じ、「信頼関係があれば体罰などは許されるとの認識は誤り」と明確に否定した。しかし、いまだに体罰は根絶されず、容認する風潮も一部で残る。

 県内のある高校野球部監督は、過度な勝利至上主義が指導者を追い込んでいると指摘する。特に、私学は部活動の成績が受験者数など学校経営に直結するため「公立に比べ常にいい結果を求められ、もがいている指導者は多い。勝利を目指す中で、指導のエネルギーが怒りとして出てしまうこともある」との見解を示す。

 「私自身、中学時代に体罰を受けた経験がある」と明かすのは、私立高女子運動部の監督。「体罰を受けて強くなった指導者が、同じように選手に手を上げてしまうのだと思う。しかし、暴力や暴言でその時だけ怒っても効果は期待できない」と考えている。

■受け取り方
 言葉の暴力に関しては線引きが難しい面がある。公立高野球部の監督は「手を出さないのは当然だが、言葉はこちらの意図を生徒がどう受け取るかで変わる」と話し、公立高女子運動部の監督は「人格否定は絶対だめだが、感情が入るからこそ伝わることはある」と思っている。

 教え子への愛情と時に爆発する感情のはざまで頭を悩ませる指導者たち。甲子園出場経験のある高校のコーチは周囲からの期待とプレッシャーを感じるとした上で、こう断言した。

 「体罰でチームが強くなるはずがない。目標を設定し、そこにたどり着くように努力するようサポートしていくのが指導者の役割だ」

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