戦時中のB29墜落 新写真が見つかる 邑楽の元町長が撮影?
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秋妻の田んぼに墜落したB29。煙がもうもうと立ち上り、遠景に雪が残る金山が写る(相場一夫さん提供)
写真と撮影に使ったとみられるカメラ2台を手にする相場さん

 太平洋戦争末期の1945年2月に群馬県邑楽町秋妻地区に米軍の爆撃機「B29」2機が墜落した際の写真が、同町藤川の相場一夫さん(71)方で新たに見つかった。墜落当日の夕方、相場さんの父で元邑楽町長の定利さん(故人)が撮影したとみられる。県内で戦争記録展などを開く団体は「初めて見る写真。非常に鮮明で多くの情報を含んでいる」と驚く。戦争を後世に語り次ぐ貴重な資料になりそうだ。

◎腹部にカメラ忍ばせ撮影 専門家「多くの情報含んでいる」

 B29墜落を研究する新井勲さん(83)=横浜市=が、墜落現場の様子を聞き取りに、定利さんの妹の栗原トシさんを訪問したのがきっかけ。定利さんの自筆で「人生アルバム 昭和二十一年四月製作(当二十六才)」と墨書きされたアルバムに、飛来する上空の「B29」の写真と一緒に、墜落直後の様子を撮影した写真3点があるのを見つけた。

 トシさんの証言などによると、45年2月10日、墜落を知った定利さんは左胸のポケットにカメラ「ベビーパール」を押し込み、妹の富美さん、トシさんと3人で墜落現場へ向かった。定利さんは腹部にカメラを忍ばせ、作業着のボタンの間からレンズだけを出して撮影したという。

 定利さんは翌11日も、警防団の一員として現場の警備に招集された。この際、「ミノルタ オートセミ」を警防団の法被の下に隠し持ち、4枚撮った。相場さんの自宅には4枚のネガは現存しないものの、撮影した2台のカメラが残る。

 これまで確認されていた墜落現場の写真は1枚で、町内の別の男性(故人)が撮影したと伝えられていた。新井さんは「現存するカメラや、残っている写真、証言などから4枚の撮影者は定利さんに間違いない」とする。4枚のうちの1枚の複製が男性の元に伝わっていたとみられる。

 相場さんは「おばのトシは、兄が戦犯扱いされるのではないかと思い、現場に駆け付けたことを長く隠し通してきたようだ」と推し量る。トシさんの証言を聞き、改めて定利さんの遺品や写真を精査し、撮影場所なども記入した小冊子をまとめたという。

 中島飛行機太田地下工場跡を保存する会の石塚久則会長は「戦争記録展で秋妻に墜落したB29も取り上げてきたが、この3点は初めて見た。非常に鮮明で多くの情報を含んでいる」と驚いた様子。「写真の公開を機に、さらに証言を掘り起こし、墜落事故の全容をより正確に後世に伝える必要がある」と話した。

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