文字サイズを変更する
小
中
大
 

視点オピニオン21

比で子ども支援 宗教の枠を超え活動

観音寺住職 五十木晃健
 
 毎年8月、フィリピンを訪問している。マニラやセブ島にはまだ貧しい地域があり、スラムの子どもたちの就学や給食支援、母親たちの自立就労支援をしている。また、太平洋戦争の惨劇を伝え、すべての戦没者を悼み、両国の平和と友好のためでもある。

 30年ほど前、マルコス独裁政権により貧困層が拡大し、「ジャパゆきさん」と呼ばれる出稼ぎ女性労働者が数多く来日し、パブなどで働く姿が注目を浴びていた。

 そのころ会社役員をしていた私は、接待や付き合いもありフィリピンパブを度々訪れた。彼女たちは明るい笑顔で片言ながらも一生懸命接客してくれた。なにげない会話から、故郷で暮らす家族を助けるために必死で働いていることが分かり、親類縁者を大切に思う愛情深い国民性とその国に興味を抱いた。

 機会がありフィリピンを訪れる。街へ出ると、ストリートチルドレンが私を囲み、必死な表情で施しをせがんできた。想像を絶する悲惨な光景を目の当たりにして、言葉を失った。「子どもたちの未来を奪うほどの貧困と荒廃した環境をどうにかしたい」と強く思い、幅広い支援活動に参加するようになっていた。

 数年後、会社が経営破綻し、私は仏門に入った。僧として修行しながら支援活動を続けるなかで5年前、「アライカパ友の会」と出会った。アライカパとはフィリピンの言葉で「共に分かち合う」という意味。食べることさえままならない子どもたちを、20年以上支援してきたキリスト教徒を中心とした船橋市にある非営利団体である。キリスト教は私にとっては異教だ。だが、曹洞宗の教義である「仏心」とは、仏さまや自分と同様に、他の人々のいのちを尊び、大切にすべきであるという教えである。この教えは宗教の枠を超えて「アライカパ」の信念とつながっている。彼らが、にっこりほほえみ優しい言葉で子どもたちに寄り添う姿は、禅の教え「和顔愛語」そのものでもある。

 以来、私は彼らと共に活動を続けている。貧困層全体を救うことはできないが、ひとりの子どもを学校に通えるよう支援することはできる。それは毎日の給食で飢えから逃れられ、社会で生きていくうえで必要な知識も身につけられるということだ。今では、支援した子どもが夢と希望と誇りを持って社会に羽ばたき、身近で困っている人たちを進んで助けるようになってきた。バトンを渡すように、多くの子どもたちが「いのちの大切さ」を受け継いでいる。

 平和への新たなる誓いを胸に、私は講話や修行体験に訪れる子どもたちに、貧困や紛争にさいなまれず不自由なく暮らせることの奇跡について話をしている。ひとりひとりが身近ないのちを大切にし、やがてその輪が山寺から世界に広がり「皆が幸せに健康に暮らす」ことを願いながら。



観音寺住職 五十木晃健 沼田市下発知町

 【略歴】太田市出身。関東短期大卒。36歳の時、諸事情で全てを失い、すがる思いで仏門をたたく。厳しい修行と規律の中にも心の平安を見いだし仏の道に生きることを決意。

2015/08/06掲載
  • 上毛新聞を購読する
  • 上毛新聞に広告を載せる
URLを携帯へ転送 右のQRコードから上毛新聞モバイルサイト「じょうもばいる」にアクセスできます