文字サイズを変更する
小
中
大
 

視点オピニオン21

「報恩感謝」の教え 相手を思いやる心育む

観音寺住職 五十木晃健
 
 報恩感謝。ひと言で言えば「ありがとう」という意味の言葉である。言葉というのは簡単に人の口から出るものだが、たったひと言が人を傷つけたりもし、喜ばせたりもする。「ありがとう」と言われれば大抵の人は悪い気はしない。世の中の全ての人が、この「ありがとう」を一日1回は必ず言うと習慣づけたら世界はどんなに変わるだろうか。

 私は子どもたちに、たくさんの「ありがとう」を教えたいと思っている。そのために実践している一つに寺子屋と題して観音寺での“授業”がある。ここ観音寺の裏にある戸神山は沼田市内三つの小学校で遠足コースになっており、その際に休憩を兼ねて寺に立ち寄るのだが、その小学生約50~60人に授業をする。と言っても、別にかしこまって仏教の教えうんぬんという話をするのではない。観音寺の歴史は500年以上前にさかのぼるが、それは江戸時代よりも古いとか、今の本堂ができたのはおよそ230年前だからアメリカの建国と同じぐらいというふうに分かりやすく話をする。また、話だけでは飽きるので体験を交えながら授業をする。

 極楽と地獄という話では、どちらも同じ光景で、食べるものも同じだが、この世と違うのは食べる時の箸の長さが3尺、およそ1メートルだと話す。実際に大きな鍋にうどんを作ってテーブルに出し、その長い箸を子どもたちに渡すが、なかなか自分の口に入れることができない。食べものが目の前にあるのに食べられない。これこそまさに地獄の風景だ。そこで極楽の食べ方を問う。相手の口に食べ物を運ぶのだと教える。すると納得し、そこで子どもたちは相手に食べさせることで思いやりの心を学ぶわけである。そして皆が食べさせてもらうから、お互いに「ありがとう」という言葉が飛び交う。

 休憩を終えたら戸神山を登ってくる。片道40分ほどの道中には険しい箇所もあり、下りてくるころには喉が渇いているので、水を大きいペットボトルに数本用意しておく。下りてきた子どもたちは水を飲もうと無我夢中で駆け寄る。そこで先ほどの極楽と地獄の話を思い出してもらうのだ。子どもたちはハッと気付いて、お互いに水を分け与え喉を潤し喜んで帰っていく。

 戸神山は「ぐんま百名山」で愛好者も多い。頂上からの眺めは素晴らしく、360度見渡せるのでたどり着いた時の感動は大きい。険しい道のりを登りきることで諦めない心を養い、諦めないことで得られる感動を体感し、相手を思いやる慈悲の心、感謝の心を学び帰っていく子どもたちの笑顔を見るのはうれしいものだ。その後、子どもたちからたくさんの感想文を頂くのだが、ちゃんと私の話を理解し、子どもなりに考えている。それは涙が出るほどうれしく、子どもたちから「ありがとう」を学ぶことも実に多い。



観音寺住職 五十木晃健 沼田市下発知町

 【略歴】太田市出身。関東短期大国文科卒。大学卒業後に父の経営する自動車関連会社に勤めるが、会社が倒産し36歳の時に僧侶を志す。2010年10月から現職。

2014/11/18掲載
  • 上毛新聞を購読する
  • 上毛新聞に広告を載せる
URLを携帯へ転送 右のQRコードから上毛新聞モバイルサイト「じょうもばいる」にアクセスできます