上毛新聞プレーバック

活動寫眞上映中に出火 1931(昭和6)年5月18日

十六日午後十時四十分頃群馬郡金古町絹市場で「高崎の孝女みえ」を映画化した昭和のおふさの活動寫眞を上映中發火した(略)十三名の焼死者と數十名の重軽傷者を出して近來稀有の大惨劇を演出

大正から昭和初期にかけて映画は黄金期を迎え、庶民の最大の娯楽となった。この日は約750人が鑑賞、火災が発生すると悲鳴をあげて出口に殺到し、「焦熱地獄化して阿鼻叫喚の修羅場」となった。子どもや女性が被害に遭い、死者は15人を数えた。1905(明治38)年1月には前橋敷島座で死者17人、負傷者200人を出す火災があった。