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相沢忠洋氏逝く 1989(平成元)年5月23日

日本古代の曙を告げた「岩宿遺跡」の発見者として知られる相沢忠洋氏(あいざわ・ただひろ=赤城人類文化研究所長)が二十二日午前七時三十七分、脳出血のため桐生厚生病院で死去した。六十二歳だった。

笠懸村(現みどり市)の関東ローム層から1946(昭和21)年から49(昭和24)年にかけて旧石器を発見、日本列島に人類が住みついたのは縄文時代からとされてきた古代史の学説を覆した。納豆売りの行商をしながら独学で考古学を研究し、赤城山麓で土器や石器を探し出した。67(昭和42)年、吉川英治賞を受賞。相沢忠洋記念館に貴重な資料を展示している。