上毛新聞プレーバック

百円のコハク色 1957(昭和32)年5月25日

ビールの需要期に入り新田郡新田町のビール工場はいまフル運転で出荷に大忙し。宝酒造が誇る一分間二百八十本という自動ビン詰機からコハク色の百円ビールが流れるように次から次へと送り出されて行く。

1954年にビール事業への参入を決めた宝酒造は翌55年、新田町の木崎工場でのビール製造の認可を得た。57年に発売されたタカラビールはドイツ風の苦味が強い本格志向の味わいだったという。ホップを契約栽培する県内農家もあった。しかし67年にビール事業からの撤退を決断、木崎工場も操業停止した。跡地にはサッポロビールが進出した。