上毛新聞プレーバック

小出河原で林間學校 1923(大正12)年6月3日

桃井、敷島の両校は寄附金があるので例年の通り小出河原の勝地に於て八月一日から向ふ二十日間行ふことになつてゐるが敷島校では更に規模を拡張して病弱児に非ずとも希望児童は収容したい考へである

県内で初めて林間学校が開かれたのは1921(大正10)年8月。場所は小出河原と呼ばれた現在の敷島公園だった。前橋市専任学校医の狩野寿平が虚弱児の体力向上を目指して開設、適当な栄養と睡眠を与えた。狩野校医はタオルで皮膚を摩擦する健康法を薦めていた。林間学校は44(昭和19)年まで続けられ、敷島公園内に「林間学校発祥の地」の碑がある。