上毛新聞プレーバック

きご先生去る 1971(昭和46)年7月21日

「きご先生、ついに山を下る決意」などといってもピーンと来ないかも知れない。しかし「きご先生とすりばち学校」などを読んだ人なら「あー、あの先生か」と思い出されるであろう。

「すりばち学校」は旧上野東小野栗沢分校の愛称。山に囲まれ、すりばちの底のように見えることからこう呼ばれた。復員後、24年間にわたってここで教師を務めたのが山田修さん。型破りな教育方針で知られ、学校に関する数多くの本も出版した。「着任した時の決意が実を結ぼうとしているので、この辺が私の引けぎわかも」と語っている。