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工高を女生徒に開放 1965(昭和40)年9月8日

県教委は生産工場の激増にともない男子技術者が不足しているので、この対策として、女子技術者を養成することになった。時代の要請でもあり、工業高校を女子生徒に開放する画期的な計画の検討をはじめた。

女子生徒も工業高校に通うのは、今では当たり前だが、当時男子生徒に限って入学させている県が5県あり、本県もその一つだった。工業系の6割の生徒が県外に就職してしまうため、技術者不足を補わなければならないという問題が背景にあったが、デザインや工芸などの分野への女性の進出が目覚ましいという状況も門戸開放議論の呼び水になった。