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飛行場 早期返還の道開く 1968(昭和43)年12月18日

神田知事は十七日上京して、外務省、防衛庁、同施設庁を訪問、「太田・大泉飛行場の返還」問題について打診した。明るい見通しをつけたもようであり、来年早々には返還運動も実る公算が大きくなった。

飛行場は1941年2月に完成し、SUBARU(スバル)の前身、旧中島飛行機の付属施設として使用されてきた。敗戦後、米軍が接収し、飛行機を使った訓練などの騒音に付近住民は悩まされてきたが、返還運動の末、69年8月に日本に返還された。太田市と大泉町にまたがる敷地は約165万平方メートルあった。現在は市運動公園などが設置されている。