上毛新聞プレーバック

清水トンネルついに貫通 1929(昭和4)年12月30日

八ケ年に亘る忍従の生活と九百二十万圓の總工費、延人員實に九十五万餘人を使役した東洋第一の大清水トンネルが愈貫通する二十九日(略)人一人の出入し得る穴が表裏日本の背骨を貫いてつながつたのだ。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と川端康成がつづった清水トンネルは着工から8年後に貫通した。上毛新聞社は現地に2人の特派員を派遣、記事には「泣きながら叫んだ萬歳」「越後の風が吹いて來る」の見出しが躍った。勾配を緩やかにするループ線を設け、1931(昭和6)年8月に完成した。全長9.7キロは当時日本一だった。