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高崎・佐野で古墳発掘 1911(明治44)年2月11日

群馬郡佐野村大字上佐野(略)山林五畝十一歩を桑畑にせんと開墾せしに何物か鍬先に當りしより土を掻き分け掘り探したるに一個の古墳あり中には古刀六振、轡一個、(略)金環二個、寶石大小十數個ありし

高崎・佐野古墳群は烏川左岸に沿って帯状に80基余りが分布、ヤマト王権の直轄地「佐野屯倉さののみやけ」が置かれたとされる。最大規模の漆山古墳は6世紀後半に築造された前方後円墳で、上野三碑の山上碑や金井沢碑を建てた一族の祖先が葬られた可能性がある。記事は農作業中の男性が古墳群の一つを発掘したと思われる様子を紹介している。