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高山蚕業学校 興亡の危機 1926(大正15)年2月25日

高山社蚕業學校縣移管問題に關して(略)同窓生が蹶起奮然母校興廃の瀬戸際からブリ返さうと猛運動を起したことは既報の如くであるが其後群馬郡に於ては過般高崎市に於て同窓生大會を開いた結果六十餘名出席

高山社の祖・高山長五郎が確立した養蚕技術を指導する高山社蚕業学校は1901(明治34)年、藤岡町(現藤岡市)に開校、各地に分教場が設立された。生徒は国内にとどまらず中国や朝鮮半島からも訪れた。記事は学校の県への移管をめぐり、卒業生が存続運動を展開している様子を紹介している。翌年、廃校となり、在校生は県立蚕糸学校に編入となった。