上毛新聞プレーバック

「球児に夢 市民に活力」 2001(平成13)年11月24日

桐生市は二十三日、球都・桐生の名を全国に知らしめた元桐生高校野球部監督、稲川東一郎氏(一九六七年、六十一歳で死去)の市制施行八十周年記念特別表彰式を、同市稲荷町の新川公園で行った。

稲川氏は旧制桐生中の野球部創設に携わり、桐生中、桐生高で監督として甲子園に春夏24回出場、選抜2度の準優勝を果たした。自宅に野球道場を建てて選手を鍛え、緻密な采配を振るった。社会人の全桐生でも都市対抗準優勝。「とうちゃん」と親しまれたが、球場で倒れ、帰らぬ人となった。新川公園は球都のシンボルだった新川球場の跡地にある。