50歳のプロトレイルランナー 鏑木と横山 UTMBで再び限界へ
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欧州合宿でトレーニングする鏑木
(左から)「全力を出し切りたい」と話す鏑木、「走れることが何よりうれしい」と話す横山

 フランス・シャモニーを30日にスタートする世界最高峰のトレイルランニングレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」(UTMB)に、群馬県勢からプロトレイルランナーの鏑木毅(桐生市出身)と横山峰弘(みなかみ町)が出場する。2009年の大会では鏑木が3位、横山が6位に入賞し、日本人選手の力を世界に見せつけた。ともに50歳を迎えた2人が限界を超えて再びモンブランを激走する。

◎「力を出し切る」…鏑木毅
 日本人最高位に立った2009年大会から10年。鏑木は12年大会を最後にUTMBから遠ざかっていたが、50歳を迎えて「人生100年と考えれば、これが新たなスタート。どこまでやれるか、限界まで(力を)出し切りたい」と覚悟を決めている。

 40代後半から以前と同じようには走れなくなり、気力でカバーすることも難しくなった。「まだまだやれる」とトップランナーとしての誇りもあったが、海外レースで途中棄権することもあり、周囲からは「選手としては終わった」と心無い言葉も浴びた。転機は16年の南米で行われたレース。2位となり、自信を取り戻した。50歳で再びUTMBに挑戦するという秘めた思いを確かなものにした。

 昨年は心労などが重なり、体調を崩して入院。約2カ月間の療養を必要とした。出走予定だったイタリアのレースも棄権。代わりに出場した長野のレースで、鏑木の状態を知った沿道のファンから「走ってくれるだけでうれしい」と声援を受けた。トップ選手だった時から「役割が変わってきたと感じた」という。人生の折り返しに差し掛かった世代の代表として走り続けようと決めた。

 レースは120キロすぎから現れる三つの険しい山が難所。前半でいかに力を温存するかが鍵となる。過去の大会では生まれていなかった6歳の長女が観戦に訪れる予定。「手をつないでゴールすることが今の最大のモチベーション」と話す。

 かぶらき・つよし 1968年、旧新里村(現桐生市)生まれ。桐生高―早大。群馬県職員時代にトレランを始める。日本トレイルランナーズ協会会長。

◎「順位意識して」…横山峰弘
 横山は2009年の6位入賞以降、40代はけがに苦しみ続けた。翌10年に両足首を手術。さらに膝に腫れと痛みが出て、病名特定まで2年かかった。治療の末、18年大会を目指したが、冬場のランニング中に転倒・骨折した。

 再び大舞台に立てる感慨はひとしおだ。「走れるようになったのが何よりうれしい。たくさんのトレイルランナーの応援が勇気をくれた」と語る。一方で「レースとして臨むからには順位を意識していく」とプロランナーの意地がのぞく。

 中学・高校でサッカー、大学で山岳スキーなどを経験し、過酷なアドベンチャーレースに参戦。トレーニングで谷川岳を走る中で走力を付け、トレイルランニングに目覚めた。「谷川岳が肉体的にも精神的にも強くしてくれた」と話す。

 初出場の08年は後半失速して221位。雪辱を期した09年は足の激痛に耐えて6位に入った。この2大会で鏑木は4位、3位と世界的ランナーの地位を着実に築いた。国内レースでデッドヒートを繰り広げた同い年の活躍は刺激になった。

 「鏑木さんが道を切り開いてくれたから、俺もいけると思えた」と振り返る。

 レースは体力に加え、経験や戦略、栄養補給など多くの要素が左右する。実際に07年は当時57歳のイタリア人選手が優勝し、翌年連覇している。「けがに泣かされてきたが、走りを改善すればまだ伸びしろがある」。50歳は通過点だ。

 よこやま・みねひろ 1969年、東京都生まれ。みなかみに移住後、2007年からトレイルランニングに専念。ハセツネカップなど数々のレースで優勝。

 【UTMB】 フランス・シャモニーを発着点に、イタリア、スイスを周回する全長170キロ、累積標高1万メートルの過酷なコースで行われる。2009年大会の2人の活躍はNHKの特集「激走モンブラン!」で放映され、トレイルランニングブームの火付け役となった。

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