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SUBARU(スバル)陸上部で長年主力として活躍してきた阿久津圭司(33)が本年度限りで現役を引退し、コーチに就任する。農大二高時代に全国高校総合体育大会(インターハイ)男子3000メートル障害優勝を飾り、早大を経て地元で走り続けてきた。28日のびわ湖毎日マラソンを引退レースに選び、「笑顔で締めくくる」と自己ベストを狙う。
19年間の競技生活を「山あり谷あり」と振り返る。高校で陸上部に入って3年連続して全国高校駅伝を走り、3年目に群馬県男子過去最高の3位入賞。インターハイは3000メートル障害に加え、1500メートルでも表彰台に上がった。高校トップレベルとされる5000メートル13分台を出したのも、群馬県の高校生で初めてだった。
一方で「ガラスの脚」といわれるほど、けがに苦しんだ。早大1年時から2年連続で箱根駅伝1区を走ったが、以降は不出場。「周りの目を気にしすぎる性格」で、脚が痛んでもなかなか休めず、悪化した。くじけそうになった時、支えになったのは「このままでは終われない」との思いと、スバル陸上部だった。
才能を信じた小指徹監督(当時)に勧誘を続けてもらい、「競技を続ける道があることが励みになった」と感謝する。入社後は、当時コーチだった奥谷亘現監督が「3年かけて力を戻そう」と復活の道筋をつけてくれた。
数年前から進退について考えるようになり、昨年末に引退を決断した。高校時代に思い描いた「世界で戦う」目標はかなわなかった。だが、スバルのユニホームで地元の駅伝を走り「たくさんの人に応援してもらえた。それが一番幸せだった」と晴れやかな笑顔を見せる。
あくつ・けいじ 1987年3月生まれ。富岡南中―農大二高―早大。176センチ、59キロ。自己ベストは5000メートル13分46分42、1万メートル28分23秒14。趣味はカメラ、ロードバイク。引退後は陸上の指導に加え、ゴルフに精を出すつもり。