《ホイッスル》「第2の人生」にエール 平成の怪物・松坂大輔引退受け黒岩彰さん
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黒岩彰さん(2018年1月撮影)

 高校野球の地方大会が順次始まり、夏のシーズン真っ盛りの7日、「平成の怪物」松坂大輔投手(西武)の今季限りの引退が正式発表された。現状を説明したのは渡辺久信GM(前橋工高出身)。約20年前、西武のルーキー時代の松坂は専属広報の黒岩彰さん(嬬恋高出身)と異色の二人三脚で知られた。くしくもプロの最初と最後に上州人が立ち会った。

 黒岩さんは1984年サラエボ、88年カルガリーの冬季五輪2大会のスピードスケート男子代表で、カルガリー500メートル銅メダリスト。世界を転戦した先駆者でもあり、長期の海外生活では練習や大会の日程調整、宿の予約、移動手配とすべて自分でこなした。

 「世界の黒岩」と合同練習を希望する海外選手が集まり、「気が付けばコーディネーターとして全員面倒を見ていた」。天性、向いていたのかもしれない。松坂の日常の話し相手を務め、「怪物」に寄せられる日本中の取材申請をさばいた。

 最も心掛けたのは「大輔以外の選手も紹介すること」だった。松坂に代わって積極的に他選手と交流し、「西武の話題」を発信した。球団内で2人が浮くことなくなじめた秘訣(ひけつ)で、「本当に僕のことを考えてくれた」と松坂の信頼を得ると、後に球団代表も務めた。

 球界を離れた現在はスピードスケートのナショナルチームに帯同し、合宿などのマネジメント全般を担当する。2018年平昌(ピョンチャン)五輪はスピード代表団総務。メダル量産を下支えした功労者だ。

 ナショナルの夏合宿先で松坂から引退の連絡をもらった。寂しさは表さないようにした。「『死ぬまで勉強だよ』と伝えた。僕が引退した時、堤義明さんから贈られたのと同じ言葉。これが大輔の本当の始まり。自分より強い選手をつくらないと。いずれゆっくり、2人で話したい」と怪物の次章を見据える。(田中暁)

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