《オリンピアンの原点 飛躍の地 訪ねる》先輩の助言で成長 地道に体つくり飛躍 男子シンクロ高飛び込み 村上和基
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本県の飛び込み育成拠点となっている群馬ダイビングクラブ。村上もここから育った
村上和基

 水泳・飛び込みは男子シンクロ高飛び込みの村上和基(32)=三重県スポーツ協会、前橋育英高―上武大出身=が本県初の五輪代表に選ばれた。高校3年で日本選手権高飛び込みを制し、2008年北京五輪から4大会にわたって出場の夢を追い続けた。男子の一般的なピークは20代半ばとされ、30代の初選出は異例の粘り強さだった。

▼群馬DC
 村上が育った群馬ダイビングクラブ(DC)は前橋市の関水電業敷島プール(県立敷島公園水泳場)を拠点とする。シーズン中は屋外の飛び込み台から小中学生が次々と技を繰り出すが、練習時間の半分はトランポリンなど陸上の基礎運動に費やしている。

 岡部優ヘッドコーチ(HC)は飛び込みが(1)踏み切り(2)回転や空中姿勢(3)入水―の3項目で構成されると説明し、「基本となる1回転の感覚や空中の姿勢制御を見直しておかないと、複雑な演技を正確にこなせない」という。

 高校で2学年上の岡部HCが村上に感じた強みはストイックな性格。筋力トレーニング一つにしても、課題の回数以上に納得いくまでやり込んだ。飛び込みは複数回の演技を1セットとし、予選、準決勝、決勝と戦う(五輪シンクロは決勝のみ)。気持ちを切らさず、失敗を切り換える精神力も備えていたと振り返る。


▼全国レベル
 群馬DCが活性化したのは村上や岡部HCより一回り上の世代からだ。1983年あかぎ国体の本県代表だった野村孝路さん(日本水連飛込委員長)が熱心に指導し、96年に現在のプールが完成して安定した練習場所を確保できた。毒島泰士さん(同飛込強化コーチ)が国体少年の部で優勝するなど県勢の全国レベルの活躍が始まった。

 村上は小学生時代に体験教室を経て入部。上背はなかったが、運動神経が良かった。毒島さんらの背中を追い、2004年全国中学校体育大会(全中)で高飛び込み、板飛び込みの個人2冠を得た。先輩たちの練習を見て、助言を受けられる環境が成長に寄与した。毒島さんの指導の下で、野村さんが飛び込みの選手団総務を務める東京五輪の切符をつかんだのも、巡り合わせといえた。

 群馬DCの熊木蘭主将(中央中等6年)は村上の歩みを自身と重ねる。本県は室内の飛び込みプールがなく、冬場の練習環境は限られる。だが地道な体づくりを重ねた村上のように飛躍は可能と信じ、東京五輪候補にもなった同学年の金戸凜に勝とうと奮闘中だ。「小さい頃は『雲の上の存在』と思っていた。少しずつ新しい技術に挑戦し、今は戦えるだけの難易度の技がある」。村上の快挙は次世代に火を付けている。(田中暁)

五輪への道程 富岡市出身の村上が競技を始めるきっかけとなった体験教室参加は小学4年当時。2004年は全国中学校体育大会(全中)に加え、ジュニアオリンピックカップも個人2冠。初の日本代表となった06年アジア大会で高飛び込み4位。07年は日本選手権高飛び込みを初制覇し、カナダグランプリ(GP)、米国GP、ワールドカップ(W杯)と代表活動を本格化した。

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