《オリンピアンの原点 飛躍の地 訪ねる》水球 志賀光明(登利平、前橋商高出身)海外経験させ成長
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小中学生が腕を磨く群馬ジュニア水球。本宮代表監督がかつて指導し、志賀らを輩出した
 

 東京五輪水泳・水球男子代表の志賀光明(登利平、前橋商高出身)は、高校2年だった2008年から日本代表で活躍する。16年リオデジャネイロ五輪は、予選を兼ねたアジア選手権で日本の32年ぶりの出場権獲得に貢献するなど「ポセイドンジャパン」を長く支える。志賀が自らの基盤と語る群馬の水球とは。

▼群馬ジュニア

 志賀が育った群馬ジュニア水球は群馬県前橋市の関水電業敷島プールを拠点とし、男女の小中学生が各分野で練習に励む。パスワークやチーム連動と覚えることは多い。サッカーから移った中学男子の高山肇主将(太田城東中3年)は「泳ぎが大変だけど、全員で動くし、仲間と何でも話し合ってやっていくのは楽しい」と魅力を語る。

 群馬県の水球は1969年全国高校総合体育大会(インターハイ)などをきっかけに前橋商高を拠点として強化が進んだ。諏訪部晃さんや新井淳さんが指導を歴任し、本宮万記弘さん(現五輪水球女子監督)、佐藤賢一さんとスペインプロリーグでも活躍した代表主力選手が育っていった。

 諏訪部さんは春夏強化合宿に競泳に親しむ県内小中学生を招き、球技的な楽しさを伝え、競技人口の裾野開拓を図った。こうした活動に共鳴し、小中学生のクラブとして群馬ジュニア水球はスタートした。

 本宮さんはスペインで若年層の指導を経験し、99年に帰国すると、志賀の母、築子さんらと群馬ジュニア水球で指導を始めた。翌年に当時2年の志賀を含む小学生チーム10人で関東予選を突破し、全国JOCジュニアオリンピック春季大会に出場。中学生チームも同夏季大会に出場を遂げ、新世代の船出が始まった。

▼スペイン遠征

 「子どもの参加できる日がばらつき、指導陣はほぼ毎日練習に顔を出した」と築子さん。保護者も遠征の送迎に協力するなど献身的に活動の形を整えていったという。各家庭の支えに加え、本宮さんのコネクションが活用された。2000年から定期的にスペイン遠征を実施。先進地に群馬の子どもたちを送り、競技とホームステイを体験させた。

 本宮さんが前橋商高監督となった頃は遠征経験者も増え、インターハイや国体で勝ち続け、リオ五輪代表の柳瀬彰良さんと志賀も輩出した。「海外の強さを知っているから、国内で負けないという自信があった」と志賀。若年層が海外勢と交流試合をし、自身のクリニックも受けられる「登利平カップ」を本県で立ち上げ、群馬黄金期の再来を目指している。(田中暁)

(随時掲載)

 五輪への道程 前橋市出身の志賀は競泳を経て、小学生から群馬ジュニア水球で腕を磨き、JOCジュニアオリンピックの各年代で優勝した。2008年ワールドリーグ(WL)のアジア・オセアニア地区リーグで初代表。史上初の高校生選出だった。10年アジア大会、11年世界選手権など代表歴を重ね、14年アジア大会で準優勝。リオデジャネロ五輪予選の15年アジア選手権で優勝し、32年ぶり本戦出場を決めた。18年WLで日本初の4強入り、アジア大会は準優勝した。

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