13年越しの連覇たたえる ソフト県勢躍動に喜び爆発  高崎でPV 市民ら応援
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
日本代表が優勝した瞬間、歓喜に包まれた会場=27日午後10時5分ごろ、高崎市の高崎芸術劇場
金メダルが決まり、飛び跳ねながら喜ぶ三科さん=27日午後10時5分ごろ、太田市東本町

 東京五輪の女子ソフトボール決勝、日本対米国戦が行われた27日、群馬県高崎市の高崎芸術劇場でパブリックビューイング(PV)が開かれ、市民ら121人が応援した。試合は終盤までチャンスとピンチを繰り返す目まぐるしい展開で、観覧者は固唾(かたず)をのんで見守り、勝利の瞬間は歓喜と祝福の笑顔に。北京大会から13年越しとなる日本代表の連覇をたたえた。試合後は大会を通じた県勢の攻守にわたる健闘に温かい拍手が送られた。

 序盤は上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)の制球が定まらず、苦しい展開。四球やバッテリー間のミスが出ると、会場から悲鳴のような声が上がった。胸の前で祈るように手を組み、大型スクリーンを見詰める人もいた。

 四回表、藤田倭選手(同)の中前打を口火に先制すると、会場の雰囲気は一気に盛り上がった。山本優(同)、藤田両選手の連打で2点目を挙げて引き離した五回表には、観客が日の丸の旗を振りながら喜び合った。

 新型コロナウイルス感染症対策で声援は控えたが、再登板した上野投手が最終回を締めて勝利を決めると、観客は跳び上がって喜びを爆発させた。

 夫と観戦した同市の井上恵利さん(47)は「上野投手が13年ぶりの五輪に懸けた思いを想像すると、感極まった」と声を震わせた。近所で宇津木麗華監督を見かけたこともあるといい、「選手の試合中の笑顔を見て、伸び伸びとできる良いチームをつくったと感じた。ソフトボールをこれからも五輪競技にしてほしい」と話した。

 地元ソフトボールクラブでピッチャーだった伊勢崎市の高橋宗明さん(66)は「上野投手を再度投げさせた宇津木監督の優しさに感激した」と興奮覚めやらぬ様子だった。

 少年野球でピッチャーを務める安中碓東小5年の入沢虎太郎君(11)は「上野投手が投球のコントロールと緩急の使い分けがすごくうまかった」と絶賛。優勝目前になると、自身が試合に出ているかのように緊張したといい、「金メダルが取れてすごくうれしい。上野投手のような強い選手になりたい」と話した。

 高崎市内の知人と訪れた岡田莉奈さん(10)=埼玉県羽生市=は家族でビックカメラ高崎のファン。「五回に山本選手が塁に出て、藤田選手が返したのがうれしかった」と満面の笑みを見せた。

PVは市主催で計5回開かれ、決勝の来場者はこれまでで最多だった。
(まとめ 真尾敦)

「県民の誇り」知事 「活躍に感激」高崎市長
 東京五輪の女子ソフトボールで日本代表が金メダルを獲得したのを受け、山本一太知事は27日、「北京五輪に続き、快挙を成し遂げた選手の皆さんに心からお祝い申し上げます。皆さんの姿は、県民に勇気と感動を与えてくれました。われわれ県民の誇りです」とのコメントを発表した。

 代表に計8人が選出されたビックカメラ高崎、太陽誘電が拠点を置く高崎市の富岡賢治市長も「本市在住の選手が大活躍しての金メダルに感激した。市民みんなが喜んでいる」とした。

◎テレビ越しに活躍見守る 「泣きそう」感激を共有 北京五輪「金」メンバーの三科真澄さん(太田)

 「泣きそう。あれから13年もたったんだ」。元女子ソフトボール日本代表で、北京五輪金メダリストの三科真澄さん(39)=太田市=は27日、夫が経営する同市東本町の飲食店でテレビ越しに観戦。再び金メダルに輝いた上野由岐子投手らの活躍を感慨深く見つめた。

 上野投手とは1999年の世界ジュニア選手権で共に戦って以来の仲だ。三科さんは高校2年、上野投手は1年。先輩の洗濯物を預かりコインランドリーでたわいもない話をした。

 その後、日立高崎ソフトボール部(現ビックカメラ高崎)で再びチームメートに。宇津木妙子元監督の下で、共に育った。

 北京五輪の決勝前、上野投手はノーヒットの三科さんに、おどけて「このままだと守り専門になっちゃいますよ。三科さんなら大丈夫」と声を掛けた。この言葉に背中を押され、先制につながる二塁打を放った。

 この日、自身のインスタグラムで生配信を行い、ファンと共に観戦した。途中からは北京五輪メンバーの狩野亜由美さん(36)も参加。「ウエ(上野投手)とヤマ(山田恵里選手)がセンターラインに並ぶと2008年を思い出すね」と思い出話に花を咲かせた。

 優勝を決めると、13年前と同じ、上野投手を囲む喜びの輪が出来た。三科さんも人さし指を突き上げて歓喜を共有した。「13年間、選手はこの時のために人生を懸けてきた。いつかソフトボールが五輪種目に復帰し、子どもが『夢は五輪です』と堂々と言える未来がきてほしい」と願った。(時田菜月)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事