《白球の詩》通算52本塁打でチームけん引 大泉・野代天斗主将
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
終始笑顔を絶やさずナインを引っ張った野代主将=上毛新聞敷島

 高校通算52本塁打のスラッガーは最後まで笑顔を絶やさず、仲間を鼓舞し続けた。四回裏にチームが大量失点し、最後の五回裏は三塁の守備位置から右翼線を抜ける打球を見届けるしかなかった。2点献上してゲームセット。「もう終わりか。まだグラウンドにいたかった」。幕切れは早かった。

◎殻破り仲間と笑顔
 小学3年当時、父の雅則さん(46)の指導でバッティングセンターへ通い始めた。「遠くへ飛ばすのが好き」。ホームラン打者を目指した。3歳年上の兄、冬弥さん(20)を追い、大泉に入学して1年からレギュラーに。夏の群馬県大会3回戦、市太田戦で殊勲の逆転サヨナラ打。秋の県大会も本塁打を放った。だが苦難が待っていた。

 右膝を傷めて半月板を手術、周囲の期待も重圧に感じて持ち前の長打力が影を潜めてしまう。新チームとなった2年秋に主将に任命されたが、この頃が「打つのも守るも最悪」。秋の群馬県大会は2試合で1安打。スイングに自信を持ちながら結果が出ない。ストレスがたまり、森山弘監督の指導も「(自分が)全て否定されているよう」に聞こえた。

 最後の年が始まろうとする中、「良いところは分かっている。だめなところだけ直せばいい」と森山監督から助言を受け、スイングがアッパー気味になり、修正が必要だと気付いた。「天狗てんぐだった自分が素直になれた」。苦しんでいた打撃は急速に復調した。

 春の大会は1点差で初戦敗退。夏に向けて仕切り直しを図る中、今度は森山監督がアキレスけんを負傷し、休養を余儀なくされた。大切な時期に沈むチーム。優しい性格が災いして、主将として仲間に強い指示を出せない。そこを3年生が「全員、主将の意識を持って」(内野手の関根智朋)手助けした。同級生の力を得て、にこやかに接することを思い出した。

 復帰した森山監督から恒例の集中ノック「森山祭り」を受けると、「待ってました」とばかり、選手にやる気のスイッチが入り、活気がよみがえった。チームは最高の状態で夏を迎えた。

 勝利への懸命な気持ちは周囲に十分伝わった。雅則さんは「最高の10年間だった」と親子鷹の日々を振り返り、母の和美さん(51)は「応援してもらえた天斗は幸せ」と感謝した。

 「大泉は最高のチーム。みんなが兄弟のよう」。試合後、父と抱き合い、二人で野球に明け暮れた日々を思い出して涙があふれた。自分の殻を打ち破り、リーダーとして成長できた。笑顔には言葉にはない力がある。優しく勇気づけられる力が何よりの財産として残った。(田中憲一)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事