《白球の詩》誰よりも喜び仲間支える「戦力」に 前橋東・樺沢雄大内野手
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仲間の好プレーを喜ぶ前橋東の樺沢=高崎城南

 守備を終えたナインをベンチの前で迎え、好機にはメガホンで激励する。試合に出ていなくても仲間を支え、鼓舞する姿は、ずっとチームに欠かせない「戦力」だった。

◎けがから復帰しベンチ入り
 1生時から試合に出場し順風満帆だったが、試練が待っていた。レギュラーで迎えるはずだった2年時の群馬県春季大会前の練習で、右膝の半月板を負傷。手術すると完全復帰まで半年かかると言われた。しばらく悩んだが、最後の夏に全力で野球をやりたいと、手術を決意した。

 1カ月の入院を経て、チームに合流してからは自身を追い込んだ。別メニューにも手を抜かず、リハビリとトレーニングに励んだ。まじめで気配りのできる性格は、いつしかナインを背中で引っ張っていた。

 「みんなに追い付く」と気張った思いとは裏腹に、もがく自分もいた。試合に出られず、思うようなプレーができない日々。「何のためにやっているか分からない」。夏に向けて始動する今年3月ごろ、たまらず小暮直哉監督に電話した。樺沢の努力と我慢を見てきた小暮監督からは、必要な存在だと伝えられた。「チームのために全てを懸ける」。もう迷わなかった。

 2回戦の相手は春ベスト4の樹徳。打線が爆発し、序盤は前橋東のペースだったが、徐々に点差が縮まっていく。同点に追い付かれた八回裏、声が掛かった。「逆転されたら最終回、代打で行くぞ」。素振りをして待ったが出番はなく、サヨナラ負けで試合が終わった。

 グラウンドに響く樹徳の校歌。ほんの少し前までリードしていたから、すぐには受け止められなかった。涙でかすむ視界には、佐藤優矢主将が映った。「迷惑ばかりでごめん」。佐藤主将は、樺沢の悔しさを誰よりも知っていた。「本当に、今までありがとう」

 けがをしてから、心にふたをすることも多かったが、けがをしたからこそ、野球ができる喜びを感じられたと思っている。思い描いていた高校野球生活ではなかったかもしれない。それでも「野球をやってきて良かった」と胸を張って言える。仲間と戦った夏に、後悔はない。(堀口純)

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