《決勝》前橋育英 苦難を乗り越えつかんだ切符 目指せ全国制覇
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
最後の打者を三振で仕留めガッツポーズする育英の梶塚=上毛新聞敷島
1回表育英2死二塁、須永が森脇をかえす先制の左前打を放つ
試合終了後、笑顔で選手と握手する荒井監督(左)とベンチから声を張り上げる前橋育英の若色記録員(右)

 前橋育英の主戦右腕梶塚彪雅は、初戦から無四球と圧倒的な制球力を見せた。「打者を一人ずつ抑えることを意識した。常に緊張感を持って練習してきたから、特別な気持ちはなかった」と振り返った。

 春は乱調が目立ち、関東大会後に投手の練習から外れた。左翼手を3週間経験し、野手の目線で試合を見ることで視野を広げることができた。

 四回、併殺崩れ後の2死一、三塁、「自分が熱くなっては絶対だめ」と気持ちを落ち着かせた。今までいつも仲間が声を掛けてくれたから、自ら「ここで流れを切ろう」と呼び掛け、右飛でピンチを切り抜けた。

◎4番復帰の須永 鬱憤晴らす先制打
 前橋育英の主砲、須永武志は今大会序盤不調で、決勝戦は心に期するものがあった。初回2死二塁で先制の左前打を放ち、鬱憤うっぷんを自らのバットで振り払った。

 今大会初戦は4番を任されるも無安打。続く3回戦は7番へ降格された。「最近の練習試合では4番を打つことが多かった。降ろされて悔しかった」が、この試合も快音が出なかった。気負い過ぎていたという。

 2年生で正捕手。周囲の3年生に対し「同級生のように接してくれる。やりやすい環境をつくってくれている」と感謝する。頼れる先輩がいると感じ、気持ちを切り替える事ができた。

◎部員80人に目配り 前橋育英 荒井直樹監督(54)
 大会史上初の快挙が懸かった今大会。半年間で「どこにいっても『4連覇』。230回くらい言われましたかね」と苦笑いする。だが、偉業には興味がない。「甲子園で選手がプレーする姿を見たいだけ。この子たちと行けるのは、今年が最初で最後だから」。目の前の選手一人一人と真っすぐ向き合う指導者だ。

 部員は80人と全国制覇した2013年と比べて20人近く増えたが、学年やレギュラーに関係なく目配りをする。「1対80ではなく、1対1を80人分。自分の子どもと一緒だと思って大事にしたい」。練習中は代わる代わる選手に話し掛け、ほとんどグラウンドを離れない。少しでも散漫なウオーミングアップをする選手がいれば、80人の中からすぐに見つけ出して熱く指導する。

 あらい・なおき 1964年8月生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高(神奈川)―いすゞ自動車。99年に前橋育英コーチ、2002年に監督就任。これまで春夏合わせて6度、甲子園出場に導いた。13年夏は高橋光成投手(現・埼玉西武ライオンズ)を擁して全国制覇した。

◎《支え人》チームのムードメーカー 身を乗り出し声援 若色駿記録員
 前橋育英の若色駿は3回戦後、荒井直樹監督から記録員としての決勝戦のベンチ入りを告げられた。

 選ばれた理由を「ムードメーカーの役割」と理解。「前橋商の声援はすごい。僕がベンチを声で盛り上げよう」と身を乗り出し、声を出し続けた。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事