《消えた夢舞台・上 選抜高校野球大会中止》逆境を力に
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
大会中止を受け選手に声を掛ける青柳監督(左)=健大高崎高

 新型コロナウイルスの感染拡大で11日、史上初の選抜高校野球大会中止が決まった。群馬県から3年ぶりにダブルで選出されていた健大高崎、桐生第一が甲子園でプレーする夢はかなわなかった。日本高野連は1週間前に無観客実施に向けた準備を出場校に要請すると表明したが、感染状況の悪化が開催を許さず、本県の球児も振り回された。

◎「現実は変わらない」
 日本高野連は2月に通常開催の方針を示していたが、中学・高校の他競技の全国大会中止が相次いだ。その中で3月4日、「球児の夢の実現のため」と無観客での開催方針を示し、結論を先延ばしした。開催の可能性が残り、両校の選手たちは一度安堵あんどした。健大高崎の戸丸 秦吾主将は当時「チーム全体として、ほっとしている」と語っていた。

 一方で、開会式の中止や練習試合の自粛要請などが影響し、両校は宿泊日程や対戦相手の調整に奔走した。桐生第一は手洗い、うがいなど感染対策にも気を使い、練習は午前と午後で2班に分けた。今泉壮介監督は「なかなか落ち着けず、怒濤どとうの日々だった」と振り返った。

 だが、大阪、神戸の感染者が増えるなど状況は悪化の一途をたどった。日本高野連の八田英二会長は11日、開催中止の決断を発表した。

 最終決定から一夜明けた12日午前、健大高崎の選手はグラウンド整備後、全体ミーティングを行った。17日まで休養となり、寮生の自宅帰宅が許可された。昨夜は眠れず、まだ実感が湧かないという戸丸主将は「部員は(大会中止に)触れず、普段と同じ雰囲気で接してくれた」と仲間同士の気遣いを打ち明けた。

 桐生第一も休校中のため、他の部と同様に今後の練習を自粛し、寮生も自宅に帰った。休み中の過ごし方について、選手同士で話し合ったという。今泉監督は「(中止を)引きずっても現実は変わらない。逆境を力にして、どんなチームにも勝つ自信を付けて夏に懸けたい」と前を向いた。

 1974年の夏の甲子園で前橋工の主戦投手として4強入りした、元富士重工業野球部監督の向田佳元さん(63)は日本高野連の判断について「甲子園は特別な力が出る場所。選手の立場に立って最後まで協議した結果だろう。『なんとかしてプレーさせたい』という思いは伝わってきた」と理解を示した。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事