《ニュース最前線》どうなる“私高公低”高校野球 充実2強に追い付け 公立奮起で底上げ 
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ブルペン前で歓談する健大高崎の選手。奥の建物は室内練習場
朝食でコミュニケーションを取る前橋育英の寮生

 群馬県の高校野球は私学の躍進が続いている。今秋の関東地区大会県予選は健大高崎が優勝し、春から秋を通した公式戦の王座には16季連続で私学が座る。公立校は巻き返しに燃え、県勢のレベルの底上げに弾みが付いている。

 私学の強さの背景には、恵まれた練習環境や練習時間などがある。健大は室内練習場や専用のトレーニング場をはじめ大学顔負けの施設がそろう。他の私学でも部活動が授業として扱われたり、寮生活で自己を磨けたりと、球児にとって充実した環境が整う。積み上げた実績は魅力となり、勧誘活動をスムーズにする一面もある。

 群馬県の高校野球は明治期に幕開けし、勢力図は時代ごとに変遷してきた。今春の選抜大会に出場した健大と前橋育英の強さに迫るとともに、逆転を狙う公立校の戦略を探った。

◎競争と鍛錬

 「15年前は選手を集めるのが大変だった」。健大高崎の青柳博文監督(45)は硬式野球部が発足した当時を振り返る。

 まだグラウンドはなく、球場を借りるなど限られた環境の中で練習を重ねた。最初に結果が出たのが創部5年目の2006年秋で関東地区大会県予選で準優勝した。学校側がサポートの強化に乗り出し、翌07年に専用グラウンドが造られた。

 今では室内練習場、トレーニング場、4投手が一度に入れるブルペンなど充実した設備がそろう。経験豊富な10人のスタッフが打撃や投球など役割分担して選手を指導している。

 約70人いる選手の6割ほどが県外出身者だ。「県内外の選手が競争することで成長につながる」と青柳監督。12年の選抜大会4強で全国的に知名度が上がり、さらにいい選手が集まるようになったという。

 一方、今年の夏の甲子園(全国選手権大会)に出場した前橋育英の選手の多くは群馬県出身だ。荒井直樹監督(53)は「粘り強く戦うのがうちの野球。自転車で長い時間かけて通学する群馬の子に合っている」と話す。守備から流れを生むスタイルに、上州児の忍耐力が適しているとの考えだ。

 県内在住でも自宅が学校から遠い選手は入寮する。部員49人のうち17人が寮生だ。寮生は練習に加え、掃除や洗濯、地域のごみ拾いなど身の回りのことを自らこなす。荒井監督の「当たり前のことを積み重ねる」指導法は日常生活でも貫かれ、ぶれないチームづくりにつながっている。

 チームは創部から全国選手権大会出場までほぼ半世紀を要した。就任16年目の荒井監督は「勝てない時期が長かった。まだまだこれからという感覚」と話す。

◎全国でも私学隆盛

 県勢で初めて甲子園の土を踏んだのは1925年の前橋中(現前橋高)だ。戦前は高崎商や桐生中(現桐生高)なども県内高校球界で躍進した。戦後は桐生に加え桐生工も目立つようになり、60年代に入ると前橋工が台頭して79~81年に全国選手権大会に3年連続出場した。

 一方、私学で最初に出場したのは農大二で82年。その後、私学は存在感を増し、99年に桐生第一が悲願の全国制覇を達成した。福田治男監督(56)は「上位を維持するには投手と守備の安定が必要」と投手を中心とする守備力に磨きをかけ、93年からの16年で9回、全国選手権大会に進んだ。

 公立高は21世紀に入り、前橋工、桐生商、前橋商、高崎商が夏の甲子園切符を手にした。だが近年は私学の勢いが増し、直近の5年で健大と育英しか出場していない。

 全国的にも私学隆盛の傾向だ。今年の夏は出場49校のうち私学が41校と84%を占めた。60年前は22%にとどまったが、20年前は59%、10年前は73%と着実に高まっている。

◎巻き返し

 公立高は巻き返しに燃えている。藤岡中央は今秋の関東地区大会県予選準々決勝で育英を破り、創部以来初の4強入りを果たした。主力選手の多くが地元の公立校で甲子園を目指そうと集まったのが特徴で、地域に根差したチームづくりが今後のモデルケースになりそうだ。

 2012年に公立高で最後に全国選手権大会に進んだ高崎商の富岡潤一監督(51)も「地域の魅力をアピールするべきだ」と、特色を打ち出すことが有力選手の獲得に有利になると強調する。前橋商の住吉信篤監督(43)は「(技術面でも)何かに特化させる必要がある」とし、打撃強化を掲げた新チームは夏に続いて秋も8強入りした。

 「私学を目標に公立が追い付け追い越せで出てきてほしい」と本紙解説者で元農大二監督の斎藤章児さん(77)。リードする私学に負けじと、公立が腕を磨く。深紅の大優勝旗が三たび県内にもたらされる日を近づけるには、その相乗効果が欠かせない。

■2戦連続弾、完全試合、全国制覇…

 多くのファンを引きつける高校野球の魅力の一つに、スター選手の活躍がある。県内でもたくさんのヒーローが歴史を彩ってきた。

 打撃では、1978年の選抜大会で王貞治氏以来、20年ぶりに2試合連続本塁打を放った桐生の阿久沢毅選手(勢多農林高監督)が県民を沸かせた。同時出場した前橋の松本稔投手(中央中等教育学校監督)は初戦で甲子園史上初の完全試合を達成、県勢の存在感を際立たせた。

 83年夏の県大会決勝での太田工と前橋工の激闘を記憶している人は多いだろう。前橋工の渡辺久信投手(西武シニアディレクター)は痛恨の押し出し四球で敗れるが、プロ入り後は球界を代表する投手として活躍した。近年は2013年夏に全国制覇の立役者となった育英の高橋光成投手(西武)が記憶に新しい。

《記者の視点》強みに磨きかけて

 桐生第一が甲子園の常連校だった時期は、公私立を問わず「打倒桐一」を掲げる学校が多かった。それが甲子園出場の条件と考えられていた。

 しかし近年は健大高崎と前橋育英を筆頭に、戦いぶりの異なる学校が安定して上位に食い込む傾向にある。健大は機動力と打力、育英は投手を中心とした守備力が持ち味。桐生第一は堅守に加え打力も向上してきた。

 特定の1校を倒しても甲子園に届かず、各チームとも、勝ち上がる上で柔軟な対応と戦術が求められている。各チームの指導者は複数校の攻略に頭を悩ませているだろう。

 今後も各校は知恵を絞り、強みや特色に磨きをかけてほしい。そうすることで県王座を懸けた争いは激しさを増し、県勢の力が底上げされる。ファンの裾野が広がり、甲子園を目指す少年も増えるだろう。(中里圭秀)

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