夏の甲子園中止検討 群馬でも球児や指導者に動揺広がる
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昨年の全国高校野球選手権開会式で入場行進する前橋育英の選手たち=甲子園
 

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全国高校野球選手権大会が中止の方向で検討されていることが分かった15日、夏の甲子園出場を目指す群馬県内の選手や指導者に動揺が広がった。高校最後の夏を迎える球児は、最大の目標が失われかねないことに落胆。集大成の場として、地方大会の開催を望む声も上がった。

◎「最大目標失い落胆」「予感あったが…」
 「正直、中止になる予感はしていたが、ショックだし、悔しい」。全国選手権群馬大会で4連覇中の前橋育英・須永武志主将(17)は無念さをにじませた。今春に行われるはずだった選抜大会の出場権を逃しており、今夏に懸ける思いは強い。「せめて地方大会だけでもあってほしい」と群馬大会の開催を切望した。

 同校の荒井直樹監督(55)は「今の選手と甲子園に行きたいのが本音」と話す一方、出場した場合、感染者数が比較的多い関西への移動や宿泊が懸念されると指摘。「現在の状況を見れば中止は仕方がない、という思いと、思い切って実施してほしいという思いがある」と複雑な心境を明かした。

 3月に中止となった甲子園での選抜大会に出場予定だった健大高崎と桐生第一。失意の中で新たな目標としていた夏の甲子園に希望をつないできた。

 昨秋の明治神宮大会で県勢初の準優勝を果たした健大高崎の青柳博文監督(47)は「現時点ではっきりしたことは言えないが、中止なら無念だ。夏の全国制覇を目指してきた生徒の動揺が心配」と話した。現在は部活がなく、寮生活をしていた部員も帰省中。20日の日本高野連の正式発表を待ち、連絡を取る予定という。

 桐生第一の今泉壮介監督(40)は「まだ完全に中止が決まったわけではない。発表までは、希望を捨てずにできることを続けたい」といちるの望みに懸ける。

 選抜の中止後は一時落ち込んだという広瀬智也主将(18)は「夏が本番だと思って気持ちを切り替えて頑張ってきた」と振り返る。休校中も自宅で筋力トレーニングや素振りを続け、週3度は選手同士がオンラインでミーティングを行う。「高校球児にとって甲子園は一番の目標。試合をさせてほしい」と強く願った。

 同校OB会長の高島幸夫さん(49)=みどり市=は「甲子園の土を踏む姿を見られる可能性が十分にあっただけに、中止なら非常に残念。掛ける言葉がない。区切りがないと気持ちの整理すらできないだろう」と心情を推し量った。


◎集大成に県大会を 県野球連盟審判部「協力惜しまない」
 第102回全国高校野球選手権(8月・甲子園)が中止の方向で検討されていることを受け、県内の高校野球関係者は目標を失う球児の心情を思いやった。球場や宿泊施設の多くは依然として特定警戒府県となっている兵庫、大阪にあり、中止の方向性に理解を示す一方、3年間努力した証しとなる「集大成の場」の必要性を指摘し、県大会開催を願う声が上がった。

 前橋育英2年当時の2013年、夏の甲子園で優勝を経験した群馬ダイヤモンドペガサスの工藤陽平外野手は「甲子園を目指して、犠牲にしてきたこともたくさんあるはず。選手にとっては『今は何を目指したらいいのか』という気持ちだと思う」と思いやる。自身は「人生の壁に突き当たったとき、甲子園でプレーできたことが心のよりどころだった」と聖地を振り返った。

 関西群馬県人会は毎年、代表校の指導者を招いて大阪市内で激励会を開き、試合当日にはスタンドで応援している。戸塚登会長(大阪府吹田市)は「県勢の活躍は自分の高校時代を思い出させ、毎回胸が熱くなる。今年も楽しみにしていたが、状況を踏まえるとやむを得ない」と受け止めた。群馬大会開催に期待し、「甲子園出場の道は途絶えてしまうけれど、地方大会は全力で戦い抜いてほしい」とエールを送った。

 本紙の高校野球「熱球解説」で解説員を務める元前橋工監督の高橋幸男さんは「選抜中止の時と違い、切り替えようがない。最後の夏に甲子園という目標を失い、努力の証しを残せないのは寂しい」と声を落とす。学校生活、社会の自粛ムードが落ち着くのを待った上で、「引退する3年生だけでも公式戦のユニホームを着られる大会を開けないか」と決着の場を求めた。

 県大会や春夏の甲子園に審判員を派遣する県野球連盟審判部は代替大会に前向き。身近で球児の戦いを見守っているだけに、酒井明男部長は「このままではかわいそうだ。東京などは地方大会を検討していると聞く。群馬も何かやれないか。審判部は協力を惜しまない」と力を込めた。

◎初優勝は1999年の桐生第一 群馬県勢の夏の甲子園の歴史
 過去2回の優勝がある県勢の夏の甲子園の歴史は、1925年に前橋中(現前橋)が関東大会を制して初出場した時から始まる。同校は連続出場した26年に県勢初勝利を挙げると準々決勝まで進み、優勝校の静岡中と当時の大会記録となる延長十九回の熱戦の末に5―6でサヨナラ負けした。

 県勢最高成績ベスト8を塗り替えたのが稲川東一郎監督(故人)率いる桐生中(現桐生)で、36年に4強入りした。同年春の選抜では準優勝、春夏通算24回出場の名将が「球都桐生」の名をとどろかせた。

 夏は長く4強が壁となっていたが、県勢通算52回目の出場となった99年、主戦正田樹(現四国アイランドリーグplus愛媛)を擁した桐生第一が決勝で岡山理大付を14―1で下して初優勝を飾った。2013年には主戦高橋光成(現西武)を擁した前橋育英が決勝で延岡学園(宮崎)を4―3で破り、初出場初優勝を達成した。

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