《白球の詩》死球の顎骨折を克服 伊勢崎清明・長瀬晴人主将
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1回表、山田の先制二塁打で、勢いよく三塁を蹴り、本塁へ向かう長瀬主将=高崎城南

 前橋育英戦の二回2死二塁、相手左腕の変化球にしっかりと踏み込んだ一打が、追加点の適時打となった。伊勢崎清明の原点となった2012年の8強、14年の準Vに迫る「打倒私学」と「県制覇」の夢へ、自分たちが確かに進めていると感じた。

◎支え受けチーム鼓舞
 昨年5月の試合中、顎に死球を受けてうずくまった。骨折の手術をして3週間入院。流動食しか取れず、「こうしてる間に周りは成長してる」と焦った。同時期、ソフトボール日本代表の上野由岐子投手が顎を骨折し、活動休止のニュースが流れた。「自分も夏に間に合うんだろうか」

 しかし1カ月ほどでグラウンドに戻り、昨夏群馬大会は利根商戦で本塁打を放った。新主将を担い、中軸の遊撃手として秋の県大会で8強入りをけん引した。保育園から一緒の二塁須藤大翔は「物おじせず、つらいこともはっきり言った。自分では絶対に弱音を吐かない」とタフなリーダーぶりを振り返る。

 本当はそこまで強い人間ではない。「(死球を受けた)左投手を意識してしまう」と家族に打ち明けた。桐生の卒業生で硬球の怖さを知る父の敏英さん、顎に負担を掛けない食事で体力回復を支えた母の和美さんとも「最後は本人次第」と思い、12月に顎のプレートを除去するなど少しずつ立ち直る姿を見守った。

 心が折れなかったのは、12年夏に選抜出場の健大高崎を破った甲斐雅隆主将らの背中を追うと決めたから。伊勢崎境北中2年の時、同校卒業生の甲斐さんが教育実習に訪れ、「清明には良い環境がある」と誘われた。進学の意思を伝えると「頼んだぞ」と肩をたたかれた。託されたと思った。

 試合は、六回に2点を返され、七回に逆転の2ランを浴びた。力投の主戦加川航平に笑顔を向け、指を1本立てた。「一つずつだ」。可能性はあると鼓舞し続けた。

 試合終了後は自分へのふがいなさでいっぱい。昨秋同様に育英をあと一歩と追い詰めながら打ち崩せなかった。だが、整列して観客席に頭を下げたら忘れた。新型コロナウイルスによる部活自粛中に、自転車で3分の近所に住む須藤と自主練習し、「1人じゃない」と思えた心強さ。試合前日に左投手対策の助言をくれた敏英さん。支えてくれた人の顔ばかり浮かんだ。

 先輩を超える結果は残せなかったが、涙越しに見た景色は同じに思えた。「最後に残るのは人への感謝だった」。次の甲子園を目指す、これから夢を追う後輩が少しうらやましかった。(田中暁)

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