《白球の詩》大所帯 主将でけん引 健大高崎・戸丸秦吾主将
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桐生第一に敗れ、ベンチで涙する健大高崎の選手を抱き締める戸丸主将。落ち込むナインに声を掛けて回った

 元々、主将を任されるのが嫌だった。「自分さえ良ければ何でもいい、という性格だから」。本来は他人にあまり興味を示さないというが、90人以上が在籍するチームをまとめる中で、仲間を一番に考えることが多くなった。

◎悩みつつ仲間と成長
 学童野球、ボーイズでも主将を務め、経験は豊富だった。それでも「当初は自信がなかった」。健大高崎は全国から選手が集うため、野球に対する考え方、意識は一様ではない。先輩が悩み、時には衝突する姿を間近で見たからこそ、難しさを知っていた。

 実際、苦労は多かった。ボーイズを含めて6年間バッテリーを組む下慎之介は昨夏以降、練習で部員とぶつかり合う場面を何度か見た。青柳博文監督は「人一倍、真面目。主将として苦労したことも多かっただろうけど、よくやってる」。一生懸命にまとめようと努力する意思が、チームメイトにも伝わった。

 「あの、学校の寮に入りたいんだけど」。昨秋、藤岡市内の自宅で父の宏さん(55)に、こう切り出した。主な理由は通学に往復2時間かかり、甲子園出場に向けて練習時間を増やす必要があったからだ。ただ、宏さんが印象に残っている言葉がもう一つある。「もっと部員とコミュニケーションを取りたくて」

 「明治神宮大会の準優勝校」というプレッシャーをはねのけて臨んだ夏の大会決勝戦。同点で迎えた六回裏2死満塁、マウンドの下に低めのスライダーを要求した。近づく投球がバットに当たると、放物線を描いて左翼席へ。これが決勝点となった。

 試合後、込み上げる感情を押し殺し、ベンチで泣きじゃくる選手の頭をなでて励ました。「みんなのおかげで、ここまで勝ち上がった。まずは自分が支える番だと思った」。最初はあれだけ嫌だった「主将」という肩書。いつの間にか、自分自身を成長させていた。

 16日には甲子園球場(兵庫)で帯広農と対戦する。「負けた悔しさは十分思い知った。勝ちにこだわり、戦いたい」。まだ、夏は終わらない。(斎藤大希)

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