《白球の詩》「背番号17」に発奮、1回戦活躍 続けた努力に胸張る 伊勢崎清明・石井瑠空外野手
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ベンチから仲間を鼓舞し続けた伊勢崎清明の石井=上毛新聞敷島

 九回2死走者なし。伊勢崎清明の石井瑠空はベンチで声をからしていた。最後の打者が打ち取られると、持っていた赤いメガホンをそっと椅子の上に置いた。敗れた実感がないまま、仲間の整列に加わった。

 「失敗が多かった」と、高校入学後の2年半を振り返る。中学時代は投手だったが、昨夏の走塁練習中に右肩を痛めて外野手に転向した。「野手としてのスタートが遅い分、頑張らないと」と練習に励み、昨秋の県大会は背番号7を勝ち取った。3回戦の高崎北戦、チャンスで併殺打に倒れ、チームも敗退。「自分のせいだ」と落ち込んだ。

 グラウンドでの自主練習に加えて、帰宅後も素振りを始めた。今春の県大会も背番号7で出場。秋の失敗を払拭(ふっしょく)できないまま、消極的なプレーに終始し、チームも2回戦で6校連合に敗れた。

 低迷はその後も続き、紅白戦の8打席のうち、7打席で三振だったことも。打開策を探ろうと、自由参加の朝練習にも欠かさず足を運び、昼休みは体育館でバドミントンのシャトルを打ち込んだ。常に打撃フォームを見つめ直した。それでも復調は遠かった。「頑張っているのに、なんで」。グラウンド整備の際、涙が止まらなくなった日もあった。気付いた小内克敏部長がそっと寄り添っていてくれた。

 最後の大会に向けた6月のメンバー発表。選手間投票で決まった背番号は17だった。覚悟はしていたが、悔しかった。気持ちの整理が付かないまま翌日のホームルームに出席すると、副担任の丸山剛教諭が声を掛けてきた。「2桁の背番号が活躍するチームは強いんだぞ」。昨年まで野球部長だった教諭のひと言に目が覚めた。「やってやるぞ」。

 前橋東との1回戦は、同点に追い付かれた直後の八回に代打で出場。勝ち越しの2点三塁打を放ち、ヒーローになった。試合後、高田繁監督は「すごく頑張ってきた選手なんですよ。絶対やってくれるって信じて送り出しました」と声を詰まらせた。

 最後の試合は打席に立てず、思い描いた終わり方ではなかった。投手でもなければ、レギュラーでもない。それでも2年半、何度くじかれても努力する姿はみんなが見ていた。だからこそ、苦しい時には手を差し伸べてくれる人がいた。「やってきたことに間違いはなかった」。自分でも胸を張れる。(越谷奈都美)

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