《白球の詩》群馬県内屈指の二枚看板 最強ライバルに感謝 関学附・石原勇斗投手
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篠原(右)から激励を受けて、マウンドに向かう石原

 3-3で迎えた九回1死満塁のピンチ。関学附の先発、石原勇斗はベンチで黄色いメガホンを握り締めていた。マウンドには五回途中から託した篠原正紀。勝利を信じ、祈るような思いでじっと視線を向けていた。

 対戦する前橋育英は石原にとっても、チームにとっても特別な相手だ。入学直後の2年前の春、1年生強化試合「若駒杯」で対戦し、2打席連続の場外ホームランを浴びた。チームも0-10で敗戦。「高校野球のレベルを知った。それがスタートでした」と石原。この試合でも継投した篠原と、「育英を倒して甲子園に行く」という思いを共有し、いつしか部員の誰もが同じ目標を志していた。

 直球が魅力の篠原、変化球が優れる石原。タイプの異なる2人は常にライバルであり、互いに高め合ってきた。篠原が球速を140キロ台に乗せたときは「自分も早く追いつきたい」とトレーニングに励んだ。

 クラスも一緒だった。勉強の話は続かないが、野球になれば別。授業の合間にはボールの握り方や効果的な配球などについて語り合った。篠原にスライダーの握り方を教えたのも、石原だ。

 打倒前橋育英を掲げて切磋琢磨(せっさたくま)する内に気が付けば、ともに140キロ中盤を投げ る県内屈指の二枚 看板として注目されるようになった。春季大会ではチームを初優勝に導き、歴史の扉を開いた。

 そして、最後の夏。組み合わせ抽選では、ノーシードで大会に臨む前橋育英と同じブロックに入った。昨年の秋季大会でも惜敗しており、「素直にうれしかった」。雪辱を果たそうと力が入った。それだけ、自信もついていた。

 炎天下の中 で迎えた前橋育英戦。石原は走者を出しながらも、攻めの投球を貫いた。調子は悪くなかったが、育英打線は食らい付いてきた。3点目を許し たところで篠原にマウンドを託した。

 最終回、打球が外野手のグラブに収まると同時に、三塁走者が駆けだした。サヨナラ負け。「(頭が)真っ白になった」。帽子のつばを額に引き寄せ、少しの間、動けなかった。

 自分の失点がなければ―。後悔は拭えない。ただ、「篠原がいなかったらここまでこれなかった」と強く思う。身近に、高め合える存在があったからこそ、努力を続けて来られた。「本当にありがとうと伝えたい」。忘れられない夏になった。(丸山朱理)

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