《白球の記憶》「球史飾る」十三回サヨナラ ~1980年決勝 樹徳―前橋工~
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歓喜の中、投打のヒーローの番場主将を胴上げする前工ナイン=県営敷島球場
当時を振り返る元監督の高橋さん

 数々のドラマを生んだ高校野球。100回大会の節目に、歴代の名勝負やヒーロー、球史を彩るエピソードを紹介する。

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 スコアボードに25個の「0」が並んだ。1980年夏、県営敷島球場で行われた樹徳―前橋工の全国高校野球選手権群馬大会決勝。四回に継投した前橋工の左腕番場覚、樹徳の右下手星野幸夫が緊迫した投手戦を繰り広げた。延長十三回に及んだ激闘に、当時の上毛新聞は「球史飾る白熱の一戦」との見出しをつけた。

 蒸し暑く、どんよりとした天気だった。時折、小雨が降っていたかもしれない。「ゲーム内容と一緒ですっきりしなかった」。当時の前橋工監督、高橋幸男は重苦しい雰囲気の試合を振り返る。

 緩急自在でストライクゾーンを広く使う星野に対し、前橋工打線は凡打を重ねた。一方、落差のある番場のカーブと制球力を前に、樹徳打線も得点できない。気付けば延長戦に。空はなお、曇っていた。

 十三回、前橋工が表の守備を0点に抑えた直後、打線に一筋の光が差した。5番中山勝彦が「四球でも何でもいい。何とか塁に。それだけだった」と意地の内野安打で出塁。続く蓮場聡の送りバントで二塁に進んだ。好機で打席に立ったのは、仲間の信頼を一身に集める「番ちゃん」だった。

 「今でも鮮明に覚えている」と、関係者の多くが口をそろえる。右中間に飛んだ番場の打球はフェンスを直撃し、中山が両手を挙げてホームを踏んだ。執念のサヨナラ打。駆け寄る仲間の輪に加わる直前、中山は二塁を振り返り、跳びはねてヘルメットを空に投げる番場の姿を見た。

 投打のヒーローは今年2月にがんで亡くなった。「ショックでした」と中山。一方、右翼で先発した矢端都雄は「彼は特別な存在だった」と思い返す。野球の技術に限らず、主将として部員をまとめる力があった。葬儀には当時の仲間たちが集まり、左腕の早すぎる死を悼んだ。

 今夏で100回目を迎える全国選手権大会を前に、高橋は思う。「過去、それぞれの時代にそれぞれの選手が必死に白球を追った。先人たちの思いをくみながら、感動を与えるようなプレーを今年の夏も期待したい」と。(敬称略、中里圭秀)

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