《白球の詩》「日本代表」の弟と歩む 安中総合・清水大主将
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6回表、先頭駒ケ峯が出塁し、喜ぶ安中総合の清水主将(右)と弟の惇=高崎城南

 直前を打つ1年生の弟、惇が三振に倒れた。自分がアウトになれば七回コールドが成立する。何としても塁へ出てつなぎたかった。2球目が死球となり、一塁へ。だが、後続が倒れてゲームセット。清水大は淡々とした表情で整列し、知らない校歌をベンチ前で聴いた。「主将らしく最後まで堂々としていたかった」。球場を去るまで涙は見せなかった。

◎「月と太陽」 性格真逆

 兄弟は共に小学1年から野球を始め、同じチームを歩んできた。でも、吉田省吾監督が「月と太陽」と例えるほど、性格は真逆。大は何事にも慎重派で、チームメートの練習に付き合ったり、1人で練習前にグラウンドの状態をチェックするなど、人のために動いた。そんな姿を見ていた仲間は新チームの主将に大を全員一致で選んだ。

 中学時代、15歳以下の日本代表に選出された2歳下の弟、惇は世代屈指の好投手。怖いもの知らずで自分の考えをしっかり伝え、自分に合うと思ったものは練習や調整法でも何でも取り入れた。

 歩んできた道は一緒でも、ポジションや性格、価値観の違う2人は互いに「自分にはないものを持っている」と認め合ってきた。大は惇の野球センスを、惇は大のリーダーシップを頼りにしてきた。家ではあまりしゃべらないが、考えていることはなんとなく分かる。試合中に声を掛け合うことも必要最低限だ。

 惇は県内外の強豪校から誘いを受ける中、安中総合を選んだ。母の千寿さん(43)は「毎日練習から楽しそうに帰ってくる大を見ていたからでは」と話す。選手として尊敬する大の存在が大きな理由だと、直接本人に言ったことはない。

 惇が安中総合へ進学を決めてから、にわかに大の周囲が騒がしくなった。チームメートとなる日本代表の弟と比べられることもあった。「惇はすごい選手で、自分とは違う」。互いを尊重し合っているからこそ、比較されることに違和感があった。大は主将の重責から調子を崩したこともあったが、選手からの信頼を力にチームをまとめあげた。

 試合はエース小倉章の調子が上がらず、惇は5点を追う二回途中でマウンドへ。大は惇へ「どっしり投げろ」と声を掛けた。五回に3点を失ったが、1年生とは思えない落ち着きで好リリーフした。惇は試合後、チームメートに抱えられて泣き崩れた。「イニングごとにしっかり抑えなくちゃいけない」と反省を口にした。

 大は卒業後、就職を予定している。今後自分の野球を続けるかは決めていない。でも、プロを目指す惇の練習パートナーとして、サポートは続けるつもりだ。「自分の野球が弟の力になれば」。惇にはまだ知らせていない。(落合琢磨)

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