《白球の詩》声と闘志 チーム鼓舞 伊勢崎清明・大沢竜磨選手
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持ち前の大声でチームをもり立てる伊勢崎清明の大沢=上毛新聞敷島

 何度目になるだろう。試合前の円陣の真ん中に立つのは。新チームになってから、この役目をずっと任されてきた。

 打線が爆発し喜びに沸いた試合も、悲しみに暮れた試合も、全てはここから始まった。21日、準々決勝の相手は健大高崎。見慣れた仲間を前に、大声を振り絞った。「全員で清明スマイルを出して、絶対勝とう」

◎「センスは努力でつくれる」

 背番号は「15」。誰もが認める努力の一塁ベースコーチだ。長打が出るとうれしくて、ちぎれるくらい腕を回した。相手の守備位置や監督からのサインを見て走者に指示を送った。出塁した打者のグローブを受け取り「ナイスバッティング」と鼓舞し続けた。

 みどり笠懸小4年当時に野球を始め、6年の頃から清明のユニホームに憧れてきた。清明は2012年夏、センバツ4強で春の関東大会を制した健大高崎を撃破。その試合をスタンドで観戦した。楽しそうにグラウンドで躍動するナインを見て「いつか自分も清明で野球を」と強く願った。

 「センスはない」と自ら言う。身長164センチ、コンプレックスだ。入学当時から打撃や守備でも目立たず、斉藤宏之監督は「将来、どこで使ってあげればいいかと思っていた」。1年の冬には右肩を亜脱臼し、さらに主力から遠のいた。スタンドから見詰める同級生のユニホーム姿が、いつもまぶしかった。

 それでも腐らなかった。「センスは努力でつくれる」。祖父に教えられ、ずっと胸に刻んできた。誰よりも早く練習場に着き、遅く後にする。毎日ノックを受け、周りよりも多くバットを振った。「努力の量だけは負けたくなかった」

 人が嫌がること、やらないことも、率先して取り組んだ。「チームのことを第一に考えていた」と主将の木島陽尚。ボール運びからマシンへの球入れ。練習後のグラウンド整備。雑用は3年生になっても続けた。試合でチームの攻撃が終わった後に一塁周辺の土をならしてからベンチに戻るのは、ルーティンとなった。

 ベースコーチを志願したのは新チームになってから。レギュラーとして試合に出られないことに悩んだが「自分にできることで、チームの役に立ちたい。一緒にやってきた仲間がけん制アウトじゃ、嫌だ」。持ち前の大きな掛け声でチームをもり立てた。

 ひた向きにチームを支えようとする姿は周囲に好影響を与えていった。夏の群馬大会直前。斉藤監督はメンバーを選ぶ上で、真っ先に大沢の顔が浮かんだ。「清明が目指す野球の延長線上にいるような選手。ガッツがあり、特に一生懸命頑張ってきた。この生徒を入れたいと強く思った」

 他の選手たちも「大沢があれだけやっているなら自分たちも」と猛練習を積んだ。次第に雰囲気が良くなっていき、苦しい時でも笑顔のナインを象徴する「清明スマイル」が代名詞に。2回戦ではシード校の桐生第一を撃破した。

 迎えた健大高崎戦。七回に最後の打者が打ち取られ、夏の終わりを告げる試合終了のサイレン。「自分を受け入れてくれて、一緒にプレーできたチームメートには感謝しかない」。涙がこぼれた。くじけずに野球に向き合ってきた3年間は誇っていいと思えた。

 大好きな野球は高校で終わりにするつもりだ。妹に発達障害があり、将来は特別支援学校の先生になりたいと考えている。障害のある全ての子どもたちが活躍できるよう、また「手助け」をしていきたい。笑顔の清明ナインを支えた陰のヒーローが、新たなステージへと進む。(稲村勇輝)

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