《白球の詩》友の分も 誰より努力 前橋工・高橋幾哉外野手
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9回、打席に立つ前に岩崎主将(左)から声を掛けられ、笑顔を見せる前橋工の高橋

 これ以上ない追い上げムードに、思わず力んだ。一打出れば同点もあり得る九回表無死一、二塁。「今までみんなに迷惑を掛けた。何としてでも打とう」。強い気持ちを力に変えたかった。

◎一時体部 昨秋に復帰

 しかし変化球で芯を外され、詰まった当たりのゴロが遊撃手のグラブに吸い込まれた。6―4―3の併殺が完成し、続く打者も遊ゴロでアウト。試合後、スタンドに一礼し、涙を抑えきれなくなった。
 昨年6月から9月まで、部活を辞めていた。仲が良かった同級生、松本晋児さんが退部したのが一因だった。

 松本さんは1年時の9月ごろ、打撃投手を務めた際に頭部に打球が直撃した。3日後に嘔吐(おうと)し、治療が一歩遅れていたら命に危険があったという。退院後、マネジャーに転向する選択肢もあったが、勉強に専念する道を選んだ。

 高橋にとっても大きなショックだった。「一緒にやりたかったな」。家が近所で毎日のように登下校した「大事な友達」だ。理由はこれ以外にもあるが、野球への熱が徐々に冷めていった。

 退部している間、趣味もなく家に帰って寝るだけの生活を送った。最初は何も思わなかったが、2カ月が過ぎて心境に変化があった。「9月くらいから『つまらないな』って思い始めた」。

 母の千恵子さん(44)は復帰する予感があった。「『いらないならアンダーシャツをしまう』と言ったら、『しまわないで』って。戻る気がなければそんなこと言わないでしょ」。小学3年から続けてきた野球に、未練があると感じた。

 仲間たちが「戻ってこい」と声を掛けてくれたのがうれしく、昨年の秋季大会後に復帰した。ブランクを取り戻そうと、平日の朝は6時半から誰よりも早く練習を始めた。千恵子さんの目には「生き生きしている」と映った。

 高橋の退部を「もったいない」と感じていた五十嵐卓也監督も喜んだ。足が速く、パンチ力もある選手だ。「辞めて戻ってくる子はなかなかいない。よく付いてきてくれた」と目を細める。この夏も3回戦の富岡戦で3安打3打点と暴れてみせた。

 迎えた準々決勝、スタンドにはもう1人、高橋の復帰を喜ぶ姿があった。頭部に打球を受けて退部した松本さんだ。最後の打席を見届けて言った。「打てなくて残念だけど、最後まで一生懸命やってくれた。3年間お疲れさま。また一緒に登下校したい」。共にプレーはできなかったが、友達が頑張ってるだけで十分だった。

 試合を終え、ベンチ裏に引き揚げた高橋の顔にもう涙はなかった。「最後にいい試合ができた。みんなとやってきて良かった。晋児の分まで頑張って、最後はベスト8までこれた」。この場に立っているからこそ、そう思えた。
(中里圭秀)

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