《白球の詩》チーム一体 誇りに 関学附・中里壱成主将
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4回、仲間に囲まれ笑顔を見せる関学附の中里主将(中央)=上毛新聞敷島

 試合終了のサイレンが鳴っても、そのことが何を意味するのか理解できずにいた。「頭の中が真っ白で」。追い求め続けた甲子園への道を断たれた現実。想像もしなかった幕切れ。やっと一つになれた仲間との別れ。何一つのみ込めず、涙も出なかった。

◎「最高のチームに感謝」

 秋春県大会決勝で健大高崎に2度敗れ、春季関東大会では初戦で茨城・常総学院に力負けした。打撃力、集中力、好機での強さ―。鍛え上げてきたという自負はあった。それでも、頂点の景色を見ることができなかった。「夏こそは」。全国区の強豪と何が違うのかを悩み、考え、たどり着いた。「うちはチームが一つになっていない」

 早期の立て直しを図りたかったが、春季後はテスト期間に入ってチームは一時的に野球から離れた。練習再開し、げきを飛ばした。「もう3年だぞ。軽い気持ちでいたら、夏はころっとやられる」。それでも士気は一向に上がらなかった。

 1人だけの力に限界を感じて、腹を決めた。勝ち気なメンバーを集め、ミーティングで打開策を探った。同級生の長島真我や福田巧、小島捷平に加え、後輩の貝原優や河田悠仁らを呼んだ。ベンチ入りメンバーだけでなく、ベンチ外にも声を掛けた。「みんなで動きださなきゃいけない。だが一歩目が難しい。チームがみんなで前に進むための、手本になってほしい」

 “選抜メンバー”は練習や対外試合で競い合うように声を出した。技術ではなく、やる気を求めたことがチーム全体に伝わり、誰もが気兼ねなく自分を出せる雰囲気が整っていった。

 中里は練習が軽いとは思っていない。だが、いくら汗を流しても、漠然としたやり方では目的地の「甲子園」には到着できない。そんな危機感を抱き、改革に突き動かされた。夏を迎えるころには、勝つために我欲を捨て、チームバッティングを目指す精鋭がベンチに並んだ。当初はクールにチームを見ていた来須悠人も中里の考えに賛同。「あいつのやることが全て正解だった」

 感情表現が得意ではない。学童時代はサヨナラ打を放っても、喜びを表に出すような子ではなかった。桐生相生中時代の同級生で浦和学院の主砲蛭間拓哉主将ら、恵まれた球友に触発されて中学で主将になることも考えた。だが「どうしても」という友人にその役割を譲った。父の幸義さん(45)は関学附主将に就いたと聞き、心配した。「まとめるのは大変」。だが日に日にたくましくなる息子の姿に、応援する気持ちが不安を上回っていった。

 蛭間がいる浦学は23日に一足早く代表を決めた。学童野球から付き合いのある親友。電話口で約束した。「甲子園で会おうな」と。その約束を守れなかった悔しさは強く残る。だが、最後の最後でチームは一つになり、力の限りを尽くしてともに戦い抜いた。甲子園には行けなかったが初めて主将として率いたチームが、今は誇りだ。浦学にも負けない「最高のチームに感謝している」(小山大輔)

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