《白球の詩》たどり着いた主将像 前橋育英・北原翔主将
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近江に敗れ、甲子園の砂を集める北原主将

 無死満塁のサヨナラのピンチにも、一切弱気な顔を見せなかった。それが北原がたどり着いた主将の姿。足がつった先発恩田慧吾には、まだ投げたそうな表情を察し「ゆっくり出ていけ」と背中を優しく押した。

◎「谷間の世代」 めげずに成長

 1年前の8月19日、甲子園球場。前橋育英の歴代最強と呼ばれた世代の夏が、8強を前に終わった。北原は一緒にベンチ入りした小池悠平とともに、後を託された。「来年も必ず来てくれ」。悔しさをにじませた先輩の声が耳に残る。当時の2年生は、個性的な3年生と元気な1年生に挟まれた「谷間の世代」。新チームの船出が心細くなかった訳がない。

 「僕が育英を最初の甲子園に連れて行く」。幼少期にそう決意した。だが中学生だった2013年。育英は一足先に甲子園を決め、全国制覇まで成し遂げた。「先を越された。そもそも育英に入れるのか」。心が揺れた。

 甲子園のマウンドで躍動した主戦高橋光成(現西武)の強さの秘密を探ろうとさっそく練習を見学。「厳しく怖い場所だと思っていた」。考えは見事に裏切られた。ミスしても怒鳴られないどころか、うまくなるための言葉が飛び交った。もちろん練習は甘くない。だが「次、大事」と言い合えるチームを見て、やはりここで聖地を目指したいと再確認した。

 念願かなって入部するも、ベンチの先輩は怪物ぞろい。技術の高さだけでなく個性も強烈で「勝てる気がしなかった」。転機は進級して初めて後輩ができたころ。荒井直樹監督の目には3年生とは違う強さが映った。「とにかく下級生は北原を頼った」と荒井監督。5人きょうだいの長男。そんな環境がプラスに働いたのかもしれない。

 昨年秋、まじめでおとなしい“北原世代”が始動すると選手間の温度差に違和感を覚えた。「甲子園で見た先輩の涙を思い出せ」「何をすべきか」―。言葉がむなしく響いた。群馬県大会で秋、春続けて頂点の景色を見ることなく、刻々と夏が近づいた。

 「どうしていいのか分からない」。母と一緒に車の中で涙を流したこともある。最後は頼りにしてくれた後輩が北原を本当の主将に育てた。「下級生は努力家ばかり。技術とか気持ちの部分を熱心に聞いてきた。何とか応えたくて」。らしくない厳しさを求めず、信じる態度だけを貫いた。

 夏を前に練習試合で10連敗してもめげない。日差しが強さを増すのとともに、チームは良い雰囲気になった。二遊間を組む笹沢大和は、ミスをしても「切り替えよう」といつも前向きな北原の姿に、「支えられてばかりじゃだめだ」と奮起した。

 群馬大会決勝。最強世代の丸山和郁(明大)がスタンドから見守った。「自分たちで谷間と言うぐらい弱かった。でも本当に強くなった」と目を細めていた。

 最後に北原は言った。「みんなで支え合ってきた。全員がキャプテンのようなチーム」。その中心には、いつも北原がいた。(小山大輔)

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